第19話 男女で出かけるともなれば立派なデートですよ1

 土曜日の昼下がり。

 いつもならこの時間、ぜんはダラダラとゲームをしたりラノベを読んだりして過ごす。


 ぼっち陰キャの休日は何とも穏やかで平和なのだ。……青春のひと時を空費しているなんて言ってはいけない。


 だが今日はそんないつもの休日とは違った。

 善は鏡の前に立たされ、あれやこれやといろいろな服を着せられている。


 ――というのも、さかのぼること三日前。


「善、今週の土曜日水族館行かない?」


 と、つばさから誘いを受けたのだ。なんでも商店街の福引で招待券をもらったらしい。

 休日なんて暇だし、断る理由もなく善はその申し出を快諾した。


 そういうわけで、身支度を整えていたのだが――


「なあ久遠くおん。俺、今日デートに行くわけじゃないんだけど……」

「何を言っているんですか善くん。男女で出かけるともなれば立派なデートですよ」


 突如自室に入って来た姉――久遠は持ってきた大きなキャリーケース二つを開け、中に入っていた洋服を物色していた。

 いわく、今日着ていく服を貸してくれるのだと言う。


「いいって適当な服で。相手は翼なんだから」

「いけません。善くんは油断するとすぐにアニメTシャツを着てしまいますからね。今日はわたくしがコーディネートしてあげます」


 なんで弟の外出で姉が張り切ってるんだ……と、今日も黒いドレスを纏った彼女の背中を見つめる。


 たっぷり時間をかけて服を選定し、ようやくコーディネートが決まったらしい。

 オーバーサイズのTシャツをワイドデニムにタックイン。首や手首にシルバーアクセサリーをちりばめ、足元は艶のあるローファーだ。ちなみに全部久遠の私物である。


「なんでメンズ服なんて持ってるの……」


「デザインは気に入ったのですが、わたくしは主義的に着れないので観賞用に購入していたのです。いつか善くんに着せることを想定してサイズを選んだのは正解でしたね」


「はぁ……そんなんだから刹那せつなに怒られるんだろうが」


 真面目なようでずぼらな姉である。


 ちなみにもう一人の姉、刹那の方は金銭やビジネスに関しては真面目な姉だ。……異性関係にはずぼら過ぎるので、吊り合いが取れていると言えば取れているが。


「それじゃ、行ってくるよ」

「ええ、行ってらっしゃい。お互いの健闘を祈っています」


 健闘ってどういう意味だ……? と思いつつ、善は玄関まで見送りに来た姉に手を振り返した。



     *



 善は指定された駅前の広場で翼が来るのを待っていた。

 休日の日中は多くの人でごった返している。


 六月に入ってから日差しも一層強くなり、善は照り付ける太陽に目を眇めながら人の波から彼女を探す。


「にしても、前みたいに家で待ち合せればよかったのに……」


 今日は何故か、翼のリクエストで地元の駅待ち合わせになっていた。

 その意図がわからず暑さも相まって愚痴をこぼしていると、明後日の方向から快活な声が響いてくる。


「おーい、善!」

「やっと来たか。おっす、つば……さ?」


 人混みをかき分け、翼がこちらに向かって走ってくる。だが彼女の姿を見て、善は目を見張った。


「おはよ。待った?」

「い、いや別にそんな待ってない……けど……」


 善は翼の全身をまじまじと見る。


 以前休日に会った時、翼はTシャツにジーンズという男みたいな恰好をしていた。

 善はそれが彼女の普通だと思っていたし、高校生になっても昔と変わらないような服装の彼女に安堵したものだった。


 だが、今の翼は違う。


 彼女が着ているのは、淡い色のフレアスカートに短丈のカーディガン。

 ざんばらの髪は可愛らしいヘアピンで留め、手にはレザーのミニバッグまで持っている。靴もいつものスニーカーではなくミドルヒールのパンプスだった。


 これまでの翼からは考えられないような、オシャレで女の子らしい装いだ。


「お、お前どうしたんだその恰好……。どう考えても翼の趣味じゃないだろ」

「えー? 別にあたし、いつもこんな感じの恰好だけど?」


 すっとぼけたようにそう言う彼女に、善は「絶対嘘だ……」と胡乱な目をよこした。


「第一お前それ……」

「あ、今あたしのおっぱいガン見した。善ってばやらしー」

「し、仕方ないだろそれは……」


 そう――今日の彼女はサラシではなく、普通の下着を付けているらしいのだ。

 カーディガンの下のインナーは彼女の豊かな胸に押し上げられ、こんもりと二つの山を作っていた。


 その圧倒的存在感は、男だったら誰でも目を吸い寄せられてしまうだろう。事実、すれ違う男たちはみんな翼のことをチラ見していた。


「そ・れ・でぇ今日のあたし、どうかな?」

「ど、どうって……?」


「はぁ~、なかなか見れない女の子の私服だよ? 何か言うことあるでしょうが」

「いや……その、だな……」


 善は昔から姉のショッピングに連れまわされていたおかげで、こういう時の返事は一つしかないと教え込まれていた。


「まあ……似合ってるよ。可愛いんじゃないの」

「――っ! ふ、ふーん……そう」

 善が言うと、翼は口を尖らせてそっぽを向いてしまった。


 てっきりまた自分に恥ずかしいことを言わせて、からかうくだりかと思ったのだが……。

 無理矢理言わせたくせにそんな反応をするなんて、一体何がしたかったのだろう。


「にしても本当にどうしたんだ? その恰好」

「ああ、この服? くーちゃんがくれたんだ。観賞用に買ったけど着ないからあげるって」

「久遠が……? なるほど、あいつが糸引いてたのか……」


 道理で今日は様子がおかしかったわけである。


(というかあいついくつ観賞用の服持ってんだ。……それ以前に観賞用の服ってなんだよ)


 報復に、後で久遠の無駄遣いをチクってやろうと心に決めた善であった。

 


     *


 

 電車に乗って二人がやって来たのは、大きなビルの上層階にある水族館だ。

 休日ということもあって、館内は多くのカップルや子供連れでにぎわっていた。


「すっげー! 見て見て善、小魚!」

「どんなはしゃぎようだよ……」


 入ってすぐさま駆け足になった翼を、善はやれやれと追いかける。


「何この魚、顔おもしろっ。うわ、エイいる! こっち来てくれないかなー」


 水槽にべったりと顔を付けて鑑賞している翼。なまじオシャレな恰好をしているからこそ、そのはしゃぎっぷりは余計目立つ。


そんな彼女に、近くにいた子供たちも若干引いていた。


「あのお姉ちゃんテンション高すぎじゃね」「大人なのに……変なの」


(ごめんな……このお姉ちゃん、見た目は清楚でも中身はやんちゃキッズのままなんだ)


 と、善は心の中で弁明する。


「ねえ、ていうかサメいないのかな、サメ!」

「いるんじゃないかな。あ、ほら、あそこ」


 善が指さす先、岩場の陰には、丸っこい顔とつぶらな瞳をした魚がいた。


「トラフザメって言うらしいぞ。ええと何々……非常に大人しい性格でダイバーにも人気か。なるほど、確かに可愛い見た目してるな」


 水槽の縁に掲示された説明文を読んで頷く善。しかし翼は不服そうな顔をしている。


「えー、サメだったらもっと強そうじゃないとヤダ。それにあの子、暗いところでジッとしてばっかりじゃん」


「夜行性らしいから、今は身体を休めてるんじゃない?」

「ふーん、なんか善みたいだね。男のくせに弱っちそうで、暗いとこでジッとしてて……ぷっw」


「う、うるさいな! 今は多様性の時代なの! トラフザメみたいな男も許容されるべきだろうが!」


 善が反論するも、翼に「はいはい」と流されてしまう。

 その後も二人はいろいろな水槽を見て回った。



 深海生物のコーナーでは、


「ダイオウグソクムシだって! へー、ダンゴムシの仲間なんだ。善、こいつ触れないでしょ」

「絶対無理……ていうか見るのすらキツい……」

「あっはっは! 善ってば相変わらず虫苦手なんだから」


 なんて翼に煽られたり。



 様々な海洋生物が泳ぐ水槽では、


「この魚たち戦わせたらどいつが最強だと思う?」

「やっぱ身体がデカいあいつが……って、水槽でバトルロワイアルさせようとすんなよ。子供泣くぞ」


「でも戦ってるとこ見たくない?」

「どんだけバトル好きなんだお前……」


 と野蛮な思考の翼にツッコミを入れたり。



 ペンギンがいる水槽では、


「うわ、気持ちよさそー! あたしもあそこで泳ぎたいなぁ」

「今度プール行くか。昔よく行ったよな」


「お、いいねぇ! そしたらどっちが泳ぎ速いか……ってそうか、善ってば泳ぎだけは得意なんだっけ」

「だけ、とはなんだ。……まあ他に得意なこともあんまないけど」


「あそこにいるペンギンと勝負して勝てる?」

「絶対俺の方が速いね」


 とペンギン相手にマウントを取ったり。


 珍しい生き物や可愛い生き物を前に、二人はあれやこれやと感想を漏らしながら水族館展示を楽しんでいた。


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