第18話 ぼっち高校生の陰キャすぎる姉
「何事かと思いましたよ……てっきり、
「余計なことは言わないでくれ」
三者面談のようにソファに掛ける三人。
善は隣に座る姉に、厳しい目を向けた。
大学在学中に双子の姉と共にブランドを立ち上げ、現在は若手ファッションデザイナーとしての地位を確立している。
彼女は一応まだ実家を出ていないのだが、事務所で寝泊りすることが多いため家にはいないことが多かった。
「それにしても
「あ、はい。久しぶりです。くー……久遠さん」
「いいんですよ。昔みたいに砕けた口調で。わたくしのことも、是非くーちゃんとお呼びください」
「……うん、わかったよ。くーちゃん」
翼ははにかみながらそう返す。
(たしかに、久しぶりに会った友達のきょうだいって距離感迷うよな……)
久遠は善の方に向き直ると、口元に笑みを湛えて言った。
「それにしても、善くんも隅に置けませんね。いつの間に翼ちゃんと再会したんですか?」
「あー……実は高校一緒だったってことに気づいて、最近はちょこちょこ一緒に帰ってたんだ」
「ほほう、何というアニメチックな展開。日陰者だった弟にもようやく春が来たということですね……。ところで他意はないのですがわたくし、今晩丑三つ時に外出することをお伝えしておきます」
「呪う気満々じゃないか……自分が陰キャだからって人の不幸を願わないでくれ」
善が眉を顰めると、久遠は「冗談です」と冗談ではなさそうな暗い笑みを浮かべて言った。
こんなやり取りをしてはいるが、久遠は決してモテないわけではない。
むしろ善のもう一人の姉と合わせて、近所でも美人姉妹だと有名な人物だった。
腰まで伸ばしたストレートヘアは夜に溶けてしまいそうな黒色。対してその肌はシルクのように白く滑らかで、全身がモノクロでできているような人だ。
ファッションデザイナーという職業柄、服へのこだわりも強く、真夏だろうと服は基本ブラックのものしか着ない。
今日も、身に着けているのはレースをあしらった黒ドレスに黒のアームカバー。先ほどまでかぶっていたつばの広い黒のハットを傍らに置いて、どこか異彩を放つご令嬢のような雰囲気すらある。
見た目に気を遣っている分男からの注目も集まるし、さぞ引く手あまただろうと思いきや――
ピンポーン、とインターフォンが鳴った。
壁に埋め込まれたモニターを確認すると、ガタイの良いお兄さんが、帽子をくいくいしながらカメラを見ていた。
「宅急便のようですね、善くん出てください」
「えぇ、俺今友達来てるんだけど。ていうか頼んだのあんたたちじゃないの?」
「いかにも。あれは恐らくわたくしがお酒の勢いで爆買いしたお洋服です。事務所に送ったらせっちゃんに無駄遣いがバレるので、送付先をお家に設定しておきました。ふふん、わたくし賢いでしょう」
「こいつ……」
ドヤッと情けないことを言う姉に、善は拳をぷるぷるさせる。
ちなみに「せっちゃん」とは久遠の双子の姉、『
久遠に顎で使われるのは少々癪だが……弟である善は彼女の人となりを熟知している。ここで自分が何を言ったところで出てはくれないだろう。
「はぁ……わかったよ」
そうして、善は渋々玄関に向かった。
久遠は筋金入りのコミュ障だった。初対面の――特に男性を――相手を前にすると、目を見ることはおろか一言も喋れなくなってしまう。
端麗な容姿の割に彼氏が一度もできないのも本人は、
『とある映画で言っていました。「幸福は創造の敵」だと。つまりクリエイティブな職に従事するものは、恋人を作ることなどもっての外なのです』
などと得意げに語っていたが、要は単に知らない男の人と話すのが怖いというだけだ。
(姉弟で似た者同士の手前、放ってはおけないんだよなぁ……)
善の陰キャっぷりを、さらに数倍濃縮したのが久遠ということになる。
この気質は父親譲りのものらしく、善と久遠は幼い頃から互いに助け合って生きていた。
*
善が荷物の受け取りに立った瞬間、翼の元に、サササッと久遠が近寄ってきた。
「つ、翼ちゃんわたくしと、ら、LINE交換しませんか?」
「え? いいです――じゃなかった、全然いいよ?」
「や、やった! これでLINEの友達数が増える……! もうせっちゃんにバカにされずに済むんだ」
ぱぁぁ、と顔を輝かせている久遠を見ていると、彼女はハッとした表情になって、
「ち、違います! これは決して『面識のある年下の女の子なら断られずに済むだろう』なんて卑劣な考えではなく……そう、現役JKと合法的な繋がりがほしかっただけです!」
「くーちゃん、そっちの方がアウトな響きがするよ……」
そうツッコミつつも、翼は彼女のことを(相変わらず可愛い人だなぁ……)と思っていた。
翼が善と遊ぶようになった小学一年生の頃、久遠は中学生だったが、すでに彼女は陰キャ街道のど真ん中を突っ走っていた。
同年代にはまともに友達のいなかった久遠に、翼は「仲良くしてあげなきゃ……!」という憐れみじみた使命感を覚えていたのだ。
それが今や――
(こんな綺麗な人になるなんて……)
ぽ~……と久遠のことを眺めていると、彼女はこんなことを切り出してくる。
「あの、翼ちゃんってもしかして……善くんのことが好きなんでしょうか?」
「うぇぇぇ⁉」
突然そんなことを訊かれ、目を見張る翼。
だが、玄関を見やれば善はまだ配達員の対応をしているようだ。荷物が多くて、確認に手間取っているらしい。
ならば――と、翼は咳払いをしてから、久遠の耳元で言った。
「正直言うと、あたし、善のこと好きだよ。好きすぎてヤバい。なんか妄想止まんなくて、最近あんま寝れてないくらい」
「きゃああ! それっ、なんか……すごい……あれですね……エモいっ。エモいです!」
ガチコミュ障の語彙を破壊してしまうくらい、ド直球な告白だったらしい。
(でも、これがあたしの正直な気持ちだもの。言えないなんてもどかしすぎるよ)
多分、いま善に対する想いを訊かれたら嘘はつけないだろうな、と翼は察していた。
ずっと自分の気持ちに蓋をしてきた反動で、今はもう完全にノーガード状態だ。
「でもでも、それってあれですか? 善くんに告白しようとか、そういうつもりですか?」
「告白なぁ……善があたしのこと『友達』として見てるから、今のところ勝ち目が薄いんだよね……」
「うう……不肖の弟が申し訳ありません。こんな可愛い幼馴染を放っておくなんて……」
「え……あたしそんな可愛くないよ。趣味も言動も女の子っぽくないし、オシャレとかわかんないし……」
たじたじと謙遜する翼に、久遠は「そんなことありません」と詰め寄る。
「翼ちゃんは可愛いですよ。顔の印象もくっきりしていますし、背筋もピンと伸びていますし……それに翼ちゃん、サラシか何かで胸を押さえつけているでしょう?」
「……っ、わかるの⁉」
「ええ。これでもアパレル関係者ですから。身体のラインを見れば、胸だけが不自然に潰れているのがわかります。胸が大きいことをコンプレックスに思う方は割と多いですけど……上手く主張できれば、立派なアピールポイントになりますよ」
「そ、そうなんだ……。でも、今更普通の下着に変えるとあたしのキャラに合わないっていうか……」
「大丈夫です。わたくしが翼ちゃんの望みに叶う下着を探してあげますから」
「え――ほんと?」
「ええ、下着だけではなく、服もメイクもわたくしがプロデュースして差し上げます。これだけ素材が良いのですもの。誰もが振り向く美少女JKになって、善くんを射止めてあげてください」
「くーちゃん……」
善に恋愛対象として見てもらうには、女としての魅力を高める必要がある。
翼もそれを考えなかったわけではないし、だからこそスカートの丈も少し短くした。
だけど肝心なオシャレに関しては、一切努力をしてこなかった翼にとって高いハードルになっていたのだ。
そこに思わぬ味方が登場してくれた。
「ありがと、くーちゃん。あたしも頑張るから、お手伝いしてもらえるかな?」
「はい、喜んでっ」
こうして、翼と久遠の間には固い握手が結ばれた。
――余談だがその後久遠が、
「へへへ……これで善くんがどこぞのヤ○マ○やビ○チにたぶらかされる心配はなくなりました。これ以上親族にパリピが加わったら、おちおち実家にも帰れなくなってしまいますからね……」
と私情丸出しの呟きをしていたが、翼は聞かなかったことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます