第18話 ぼっち高校生の陰キャすぎる姉

「何事かと思いましたよ……てっきり、ぜんくんが姉であるわたくしを差し置いて大人の階段を上ってしまったのだと……」

「余計なことは言わないでくれ」


 三者面談のようにソファに掛ける三人。

 善は隣に座る姉に、厳しい目を向けた。


 水沢久遠みずさわくおんは現在二十三歳の社会人。

 大学在学中に双子の姉と共にブランドを立ち上げ、現在は若手ファッションデザイナーとしての地位を確立している。


 彼女は一応まだ実家を出ていないのだが、事務所で寝泊りすることが多いため家にはいないことが多かった。


「それにしてもつばさちゃん、お久しぶりですね。少し見ないうちにずいぶんと大きくなって……」

「あ、はい。久しぶりです。くー……久遠さん」


「いいんですよ。昔みたいに砕けた口調で。わたくしのことも、是非くーちゃんとお呼びください」

「……うん、わかったよ。くーちゃん」


 翼ははにかみながらそう返す。


(たしかに、久しぶりに会った友達のきょうだいって距離感迷うよな……)


 久遠は善の方に向き直ると、口元に笑みを湛えて言った。


「それにしても、善くんも隅に置けませんね。いつの間に翼ちゃんと再会したんですか?」

「あー……実は高校一緒だったってことに気づいて、最近はちょこちょこ一緒に帰ってたんだ」


「ほほう、何というアニメチックな展開。日陰者だった弟にもようやく春が来たということですね……。ところで他意はないのですがわたくし、今晩丑三つ時に外出することをお伝えしておきます」

「呪う気満々じゃないか……自分が陰キャだからって人の不幸を願わないでくれ」


 善が眉を顰めると、久遠は「冗談です」と冗談ではなさそうな暗い笑みを浮かべて言った。


 こんなやり取りをしてはいるが、久遠は決してモテないわけではない。

 むしろ善のもう一人の姉と合わせて、近所でも美人姉妹だと有名な人物だった。


 腰まで伸ばしたストレートヘアは夜に溶けてしまいそうな黒色。対してその肌はシルクのように白く滑らかで、全身がモノクロでできているような人だ。


 ファッションデザイナーという職業柄、服へのこだわりも強く、真夏だろうと服は基本ブラックのものしか着ない。


 今日も、身に着けているのはレースをあしらった黒ドレスに黒のアームカバー。先ほどまでかぶっていたつばの広い黒のハットを傍らに置いて、どこか異彩を放つご令嬢のような雰囲気すらある。


 見た目に気を遣っている分男からの注目も集まるし、さぞ引く手あまただろうと思いきや――


 ピンポーン、とインターフォンが鳴った。

 壁に埋め込まれたモニターを確認すると、ガタイの良いお兄さんが、帽子をくいくいしながらカメラを見ていた。


「宅急便のようですね、善くん出てください」

「えぇ、俺今友達来てるんだけど。ていうか頼んだのあんたたちじゃないの?」


「いかにも。あれは恐らくわたくしがお酒の勢いで爆買いしたお洋服です。事務所に送ったらせっちゃんに無駄遣いがバレるので、送付先をお家に設定しておきました。ふふん、わたくし賢いでしょう」

「こいつ……」


 ドヤッと情けないことを言う姉に、善は拳をぷるぷるさせる。

 ちなみに「せっちゃん」とは久遠の双子の姉、『刹那せつな』の愛称だ。


 久遠に顎で使われるのは少々癪だが……弟である善は彼女の人となりを熟知している。ここで自分が何を言ったところで出てはくれないだろう。


「はぁ……わかったよ」


 そうして、善は渋々玄関に向かった。


 久遠は筋金入りのコミュ障だった。初対面の――特に男性を――相手を前にすると、目を見ることはおろか一言も喋れなくなってしまう。

 端麗な容姿の割に彼氏が一度もできないのも本人は、


『とある映画で言っていました。「幸福は創造の敵」だと。つまりクリエイティブな職に従事するものは、恋人を作ることなどもっての外なのです』


 などと得意げに語っていたが、要は単に知らない男の人と話すのが怖いというだけだ。


(姉弟で似た者同士の手前、放ってはおけないんだよなぁ……)


 善の陰キャっぷりを、さらに数倍濃縮したのが久遠ということになる。

 この気質は父親譲りのものらしく、善と久遠は幼い頃から互いに助け合って生きていた。

 


     *



 善が荷物の受け取りに立った瞬間、翼の元に、サササッと久遠が近寄ってきた。


「つ、翼ちゃんわたくしと、ら、LINE交換しませんか?」

「え? いいです――じゃなかった、全然いいよ?」

「や、やった! これでLINEの友達数が増える……! もうせっちゃんにバカにされずに済むんだ」


 ぱぁぁ、と顔を輝かせている久遠を見ていると、彼女はハッとした表情になって、


「ち、違います! これは決して『面識のある年下の女の子なら断られずに済むだろう』なんて卑劣な考えではなく……そう、現役JKと合法的な繋がりがほしかっただけです!」

「くーちゃん、そっちの方がアウトな響きがするよ……」


 そうツッコミつつも、翼は彼女のことを(相変わらず可愛い人だなぁ……)と思っていた。


 翼が善と遊ぶようになった小学一年生の頃、久遠は中学生だったが、すでに彼女は陰キャ街道のど真ん中を突っ走っていた。


 同年代にはまともに友達のいなかった久遠に、翼は「仲良くしてあげなきゃ……!」という憐れみじみた使命感を覚えていたのだ。

 それが今や――


(こんな綺麗な人になるなんて……)


 ぽ~……と久遠のことを眺めていると、彼女はこんなことを切り出してくる。


「あの、翼ちゃんってもしかして……善くんのことが好きなんでしょうか?」

「うぇぇぇ⁉」


 突然そんなことを訊かれ、目を見張る翼。

 だが、玄関を見やれば善はまだ配達員の対応をしているようだ。荷物が多くて、確認に手間取っているらしい。


 ならば――と、翼は咳払いをしてから、久遠の耳元で言った。


「正直言うと、あたし、善のこと好きだよ。好きすぎてヤバい。なんか妄想止まんなくて、最近あんま寝れてないくらい」

「きゃああ! それっ、なんか……すごい……あれですね……エモいっ。エモいです!」


 ガチコミュ障の語彙を破壊してしまうくらい、ド直球な告白だったらしい。


(でも、これがあたしの正直な気持ちだもの。言えないなんてもどかしすぎるよ)


 多分、いま善に対する想いを訊かれたら嘘はつけないだろうな、と翼は察していた。

 ずっと自分の気持ちに蓋をしてきた反動で、今はもう完全にノーガード状態だ。


「でもでも、それってあれですか? 善くんに告白しようとか、そういうつもりですか?」

「告白なぁ……善があたしのこと『友達』として見てるから、今のところ勝ち目が薄いんだよね……」


「うう……不肖の弟が申し訳ありません。こんな可愛い幼馴染を放っておくなんて……」

「え……あたしそんな可愛くないよ。趣味も言動も女の子っぽくないし、オシャレとかわかんないし……」


 たじたじと謙遜する翼に、久遠は「そんなことありません」と詰め寄る。


「翼ちゃんは可愛いですよ。顔の印象もくっきりしていますし、背筋もピンと伸びていますし……それに翼ちゃん、サラシか何かで胸を押さえつけているでしょう?」

「……っ、わかるの⁉」


「ええ。これでもアパレル関係者ですから。身体のラインを見れば、胸だけが不自然に潰れているのがわかります。胸が大きいことをコンプレックスに思う方は割と多いですけど……上手く主張できれば、立派なアピールポイントになりますよ」


「そ、そうなんだ……。でも、今更普通の下着に変えるとあたしのキャラに合わないっていうか……」

「大丈夫です。わたくしが翼ちゃんの望みに叶う下着を探してあげますから」

「え――ほんと?」


「ええ、下着だけではなく、服もメイクもわたくしがプロデュースして差し上げます。これだけ素材が良いのですもの。誰もが振り向く美少女JKになって、善くんを射止めてあげてください」

「くーちゃん……」


 善に恋愛対象として見てもらうには、女としての魅力を高める必要がある。

 翼もそれを考えなかったわけではないし、だからこそスカートの丈も少し短くした。


 だけど肝心なオシャレに関しては、一切努力をしてこなかった翼にとって高いハードルになっていたのだ。

 そこに思わぬ味方が登場してくれた。


「ありがと、くーちゃん。あたしも頑張るから、お手伝いしてもらえるかな?」

「はい、喜んでっ」


 こうして、翼と久遠の間には固い握手が結ばれた。





 ――余談だがその後久遠が、


「へへへ……これで善くんがどこぞのヤ○マ○やビ○チにたぶらかされる心配はなくなりました。これ以上親族にパリピが加わったら、おちおち実家にも帰れなくなってしまいますからね……」


 と私情丸出しの呟きをしていたが、翼は聞かなかったことにした。


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