第17話 ぼっち高校生の某大乱闘ゲームに懸けるプライド

 ある日の放課後。

 つばさぜんの家に訪れていた。


「くっそーっ、○ねっ! ○ねっ!」

「女子としてあるまじき発言だな……」


 リビングのテレビでやっているのは、お馴染みの大乱闘ゲームだ。


 テーブルにコンビニで買ってきたお菓子を広げて楽しくプレイ……とはいかず、お互いバチバチのガチ勝負を繰り広げている。


 平坦なステージの上で戦う両者のキャラクター。

 だが勝負は完全に善が優位で、翼は三つあった残機ストックを早くも二つ減らしていた。

 そして最後の残機も善の巧みなコンボによって刈り取られ、勝敗が決する。


「うがーっ‼ 悔しい悔しい悔しい‼ 前は同じくらいの腕前だったのにー‼」

「そりゃ四年も経てばな。俺は一人でオンラインの猛者と戦って腕前磨いてきたんだから」


 翼が昔、善とやっていたのは一個前のシリーズだ。

 最新作になっても勝敗は変わらないと思ったのだが……このインドアヒョロ長オタクは家にこもってひたすらコソ練をしていたらしい。


「にしたってもうちょっと手加減してくれてもよくない? 女の子をボコボコにするとかほんとオタクって感じなんだけど」


「お前、昔それで喧嘩したの忘れたのかよ。俺がちょっと手ぇ抜いたら『こんなので勝っても嬉しくない』ってさ」


「はぁ⁉ そんなこと――」


 あった気がする……。


「だから今も俺は手を抜いてないわけなんだが? 文句があったら昔の自分に言ってほしいんだが?」

「ぐぬぬ……善のくせにナマイキな……」


 ドヤ顔で言ってくる善に悔しさを覚えたものの、翼の胸中に渦巻くのはそれ以上に、


(うう~~~っ! 善と一緒にゲームできる放課後。なんて幸せなの……!)


 今までは「幼馴染」や「友達」の枠組みに当てはめて、否が応でも彼に対する恋愛感情を認めてこなかった。

 だが、認めてしまえば毎日のイベントもこんなに楽しみに変わるのだ。


 恋って素晴らしい! 心の底から好きだと思える人ができるって、なんでこんなにも清々しい気持ちになるんだろう。


 翼は最近、かつてないほどの幸福感を覚えていた。学校に行くのが楽しい。次の朝が待ち遠しい。

 ――善に会うのが楽しい。


 視界に映るすべてが輝いて見えて、翼は生の喜びに打ち震えていた。


「はい、俺の勝ちー」

「ぐぐぐ……」


 またも善の圧勝で試合が終わった。

 大好きな人とゲームができるのはこの上ない幸せだ。


 でも……やっぱり負け続けるのは美学に反するので、翼はこんな提案をした。


「ステージはあたしに選ばせて! あと善は使いこなせるキャラ禁止ね。緑恐竜○ッシーはあたしとのゲームには絶対出さないこと! アイテムはあたしに譲って!」


「ええ……まあそれくらいならいいけどさ……」


 呆れつつも、善は翼が言う無茶なハンデをことごとく了承する。


「それから、あたしだけ善に対する妨害アリ!」

「妨害……? お前まさかゲームで勝てないからって俺に直接攻撃してくるんじゃないだろうな?」


「なわけないでしょ。あたしだってもう高校生なんだから、暴力的なことはしないよ」

「ふーん……ならいいけど。ハンデはそれで終わり?」


「あ、あと最後――負けた方は、勝った方の言う事を一個なんでも聞くこと!」


 翼が言うと、善は怪訝な顔をした。


「な、何でも……? お前そんなこと言っていいのか?」


 善の視線は明らかに翼の身体に向いていた。その露骨すぎる視線に、翼は恍惚にも似た高揚感を覚える。


(むふふ……善のやつ、絶対エロいこと考えてるな。……まあ善がしたいって言うんだったら――え、エッチなことさせてあげていいけどねっ)


 なんて彼にかまけて自らの妄想を膨らませる翼。

 だけど……奥手な善のことだ。間違っても翼にそういう類の命令はできないだろう。

 そう高をくくっているからこそ、翼は強気に出ることができた。


「あたしはそれでいいよ。代わりに善も、負けたらあたしの言うこと聞くんだよ?」

「ああ。もちろんだ。――俺が負けることなんてないだろうけどな」

「その言葉、後で後悔しないといいね」


 ゴゴゴゴゴ……と背景に巌流島が見えそうな気迫で睨み合う両者。

 こうして、二人の真剣勝負始まった。



     *



(あんなこと言ってたけど、翼にはわからないだろうな……俺が積み上げてきた努力の数々が……!)


 早速ゲームがスタートし、善はコントローラーを強く握った。

 善が使用しているのは世界的な人気を誇る電気ネズミだ。


 翼から指定されたハンデで慣れていないキャラを使えとのことだったが……あいにく、このゲームで善が使えないキャラなどいなかった。

 今使っているキャラも、「強いて言えば」というレベルだ。


(コンボも特性も耐久力も、全キャラ分頭に入ってる。俺が負けると思うなよ!)


 中学時代、オタクの友人やオンライン対戦で鍛えた腕前は並みではない。

 ろくに外に出ないまま終わった夏を何度経験したと思っている。


 青春を犠牲にして得たこのゲームの腕前。多少のハンデでエンジョイ勢に負けていたら、過ぎていった時間に申し訳が立たないというものだ。


「うわっ。何それずっる!」

「はいはい、こんなの初歩的なコンボだよ。何もズルくないから」


 なんて言い合いをしつつ、お互い選んだキャラが競い合う。

 ちなみに翼の操作キャラはネクタイを締めたパワー自慢のゴリラだ。


 ハンデもあり少しは手間取ったものの、すぐに翼のキャラの残機を一つ落とした。

 このまま試合を終わらせてやろう――そう思った時だった。


「この……おりゃ、くらえっ!」

「む、ついに来たか――って、つ、翼⁉」


 彼女の言っていた「妨害」。一体何をしてくるかと思ったが……。

 翼はまさか善の膝に飛び乗り、前をふさぐ形でプレイを阻害してきた。


「く……っ、ひ、卑怯だぞ!」

「あははっ、流石の善も前が見えなきゃまともにプレイできないんじゃない?」


 翼の言う通り視界をふさがれた善は、誤ってキャラをステージの外に出してしまい残機を一つ失った。


 それに加えて、


(うっ……こ、この体勢は……)


 ソファに座っている善の太ももの上に、翼の尻が乗っている状況だ。

 そのまま翼は「どりゃ!」「くらえ!」と身体を揺らしながらゲームをプレイするものだから、善の大事な部分が刺激されて大層マズい感じになってしまっている。


 さらにはこの密着状態。善の顔のすぐ下には翼のつむじがあり、頭皮から漂ってくる女子特有の良い匂いが脳を痺れさせた。


 そんなものだから善は沸き起こる劣情をこらえるのに必死で、


「これでトドメだぁー!」

「え……あ、うわ、嘘だろ⁉」


 翼のゴリラが大振りのパンチを決め、善の電気ネズミが画面外に吹っ飛ぶ。

 そして善の残機がゼロになり、勝敗が喫した。


「やった! やった! あたしの勝ち! へっへーん! どんなもんよ⁉」

「くそ……こ、こんなセコい手使って勝った気になるなよな!」


「バーカ。ハンデを了承したのは善の方でしょうが。それで負けてんだから文句言わせないよ」

「ぐぬぬ……」


 善は歯噛みするも、全くもってその通りなので言い返すことができない。


「さぁて、善には何をしてもらおうかな……」


 言って、悪魔的な笑みを浮かべる翼。

 そうだ……この勝負は負けた方が勝った方の言いなるルールだった。絶対に勝てる自信があったせいで失念していた。


 一体何を命令されるのだろう……と思っていたら、


「ねえ善、あたしと遊ぶのって楽しい?」


 全く予想外のことを言われ、善は目を丸くする。


「え……? ま、まあ楽しいけど……」

「なら『翼のおかげで毎日が楽しいです。もう翼なしじゃ生きていけません』って言って」


「は、はぁ? なんでそんなこと……」

「言って言って! お願い言って! 言えやコラァ!」

「ぐ、ぐむぅ⁉」


 口にじゃ○りこを突っ込まれ、善はもぐもぐと咀嚼する。


(なんだその命令……? 翼のことだから、てっきり何か奢れとかそういう命令かと思ってたのに……)


 困惑しつつも、己が決めたルールに従わないわけにはいかない。

 それに翼が次弾(真ん中で割れて先が尖っているやつ)を構えていたので、善は仕方ななく言ってやった。


「はあ、わかったよ……。俺は……翼のおかげで毎日楽しいよ……も、もう翼なしじゃ生きていけません……」


「はい録音完了! ありがとうございまーす」

「な! お前また……」

「ぷぷぷ、善の恥ずかしい台詞ゲットしちゃった~! どんな風に使ってやろうかな」


 そんな風にはしゃぐ彼女を見て、善はため息をついた。


 最近、翼からこの手の、善を恥ずかしがらせるようないじりを受けることが多くなったように感じる。

 わざとスカートの中を見せようとしたり、抱き着いてきたり、今みたいに恥ずかしい台詞を言わせたり。


 腹立たしいほどのことではないが……少々鬱陶しいのは確かだ。


「よし、じゃあこの台詞は陸上部のグループLINEに……」

「――って待て待て待て! 何しようとしてんだお前⁉」


「あたしのスマホに入ってるデータだよ? あたしが何に使おうが勝手でしょーが」

「俺の肉声だよね⁉ 何に使ってもいいわけなくない⁉」


「あっ、ちょ……こら! 女子のスマホ奪おうとするとかサイテーだよ⁉」

「うるせえ‼ こうなったら意地でもそのデータ消してやる‼」


 そう言って翼の手からスマホを奪い取ろうとする善。

 ただ、で激しい攻防を繰り広げたせいで――


「おわっ⁉」

「きゃっ⁉」


 足を滑らせた善が翼を巻き込んで倒れてしまった。

 善は慌てて立ち上がろうとし、


「ご、ごめんつば――」

「……」


 ソファの上で仰向けになる翼を、善が覆いかぶさるような構図。その姿勢から見る彼女は憂いを帯びた表情で善のことを見つめている。


 その状況に思わず――善は唾を飲み込んでしまった。

 と、その時だった。


「そ、そんな……善くん……まさか、冗談ですよね?」


 糸のように細く、されどよく通る声がリビングの扉の方から飛んできた。

 それを耳にした瞬間、善は弾かれたようにそちら向く。


「く、久遠くおん……帰ってたの……?」


 そこにいたのは、善の二人いる姉のうちの一人――水沢みずさわ久遠だった。

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