第16話 ギャルのクラスメイトと街中でばったり

「いらっしゃいませー、店内ご利用ですか?」

「あ、はい」


 その日の夕飯を、ぜんはたまたま通ったハンバーガーショップで済ませようとしていた。

 空はとっくに暗くなっている。


 今日は学校が終わってすぐバイトがあったのだ。

 単発で、必要になった時にだけ呼ばれる仕事。


 だが給料は高校生の一日のバイト代にしては破格で、善の財布はなかなかに潤っていた。


「稼いできたばっかだし……今日は豪勢にいくか」


 なんて呟き、善は一番ボリュームのあるバーガーのセットに、チョコパイとチキンナゲットを付けて注文する。


「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞー」


 善は受け取った商品を手に、空いているテーブル席を見つけてそこに座った。

すると、


「あれ⁉ 善くんじゃん!」

「え……? あ、花恋かれんさん」


 トレーを持った花恋がこちらの席に駆け寄ってくる。

 一度家に帰ったのか、彼女は私服姿だった。オフショルダーのトップスにデニムパンツ、ブランドロゴの入ったキャップと、カジュアルな装いが非常に似合っている。


「こんなとこで合うなんてきぐうー! 一緒していいよね?」

「え? ああ、うん」


 勢いに押されるまま頷くと、花恋は善の向かいの椅子に腰を下ろす。


「善くんは今学校帰り? 家ここら辺なん?」

「いいや、ちょっとバイトでこっちまで来てたんだ。さっき終わって、ここで晩飯食べちゃおうと思って」


「マ⁉ わたしとまんま一緒じゃん!」

「てことは花恋さんもバイト終わり?」


「イエス。わたし読モやってんだ」

「え⁉ そうだったんだ」


 まあ、彼女レベルの容姿であればそれくらいやっていても不思議ではないだろう。

 それにしても同級生に読者モデルがいたとは……と思っていると、


「善くんはバイト何やってるの?」

「あー……俺は――」


 素直に言おうかどうか。数瞬悩んだ末、


「親戚がやってるイベントの手伝いだよ」


 なんて嘘を伝えていた。「へー、善くん親戚にそんな人いるんだー」と興味を示してくれた花恋には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


(ごめん花恋さん……! あんまりクラスの人にはバレたくないんだ)


 彼女からの問いに適当な返事をしながら、善は心の中で謝罪する。


「てか善くん、意外と食べる方なんだね?」

「まあこれでも男子高校生ですし。逆に訊くけど、花恋さんはそれで足りるの?」


「よゆーよゆー。これでもわたしモデルだもん。ちょっとのご飯で満足できる身体になってんの」


 そう言う花恋のトレーには、サラダとアイスティーという血の通っていない食事が載っている。

 サラダの方はもう半分以上は食べ終えているようだったが、


「(ぐうううぅぅぅ……)」

「……花恋さん?」


 善が胡乱な目を向けると、彼女はプイと顔を逸らしてしまう。

 やがて彼女はカップに入ったサラダの残りをかき込み、取り乱した様子で弁明してきた。


「し、仕方ないでしょ⁉ わたしらスタイルが命なんだもん! デブったら仕事なくなっちゃうかもだし」


「じゃあなんでハンバーガー屋なんて来たわけ?」

「そ、それはレジカウンターの方でガッツリ食べるか悩んで……」


 ごにょごにょと口ごもる花恋。どうやら学年のアイドルも楽ではないようだ。


「でも我慢は良くないでしょ。ほら、俺の分ちょっとあげるから」

「えー……まあ、くれるって言うならもらうけどさぁ」


 そう言って、花恋は善のポテトをつまんで口に咥える。

 だがジャンクフードの塩味と油っぽさがよほど空腹に効いたのか、一たび口にして以降ひょいひょいと手が伸びていた。


「ナゲットももーらいっ」

「え、ええ……まあいいけど……って食べすぎじゃない⁉ 五個入りのうちの三個食べたよね⁉」

「あははっ、ウケる!」

「笑って誤魔化そうとしてる⁉」


 実に善が頼んだものの半分近くを食べていた花恋だったが、あまりと怒る気にはなれなかった。なぜなら――


(クラスで一番可愛い女の子と一緒に食事できるなんて……)


 学校を出ても彼女の容姿は目立つ。


 肌は真っ白で髪はツヤツヤ。

 小さい顔の上に乗った目や鼻はまるで砂糖菓子のよう。

 周りの客たちもちらちらと彼女のことを盗み見ていた。


 そんな彼女とこうして一緒にポテトをつまんで笑い合っているのだ。これで胸が高鳴らないわけがなかった。


 それに、花恋は非常に話しやすい。

 善も一応ぼっちであるくらいには、人とのコミュニケーションが苦手だ。

 あまり慣れていない人と話すと、「これを言って引かれたらどうしよう……」と不安になり言葉が出なくなってしまう。


 だが花恋の明け透けな雰囲気が、そんな善にも「これくらいの軽口なら言ってもいいだろう」という気にさせてくれていた。


(クラスの明るい人たちと話すのはまだ慣れないけど……花恋さんと話すのは楽しいな)


 なんてことを思っていたら、


「隙ありっ」

「あっ⁉」


 腕をぐいと引っ張られ、花恋は善の手にしていたハンバーガーにかぶりついた。

 小さな歯型のついたバーガーと口元のケチャップをぺろりと舐めとる彼女を交互に見つめ、善は動揺したように息を漏らす。


「んー、美味しっ!」

「か、花恋さん……? それ、俺、食べかけだったって言うか……」


「あ、もしかして善くん、間接キスとか気にしちゃってる感じ?」

「うぐっ……」


「あははっ、『うぐっ……』だって! 絶対図星じゃ~ん!」

「ま、まあ……」


 善は恥ずかしさに目を逸らした。


「わたしたちもう高校生なんだから。それくらい普通っしょ」


 普通……なのだろうか。何となく彼女たち陽キャの常識を見せつけられた気がして、善は気後れする。


「……花恋さんはこういうの慣れてるの? その……えっと、恋愛経験とか」

「もしかして、善くんもわたしに気がある感じ?」

「い⁉ ち、違うって! ただ花恋さんってなんか大人っぽいから」


 手をぶんぶんと振る善に、花恋は抗議的な目を向けた。


「全力で否定されるとそれはそれで傷つくんですけど……。まーね、一応中学ん時に彼氏はいたよ。でも全然長続きしなかったな。キスもエッチもしないうちに、二週間くらいで別れちゃった」

「へ、へえ……」


 急に生々しい話になって、その手の話題に慣れていない善は顔を赤くする。


「善くんも、アタックするならわたしが処女の今がチャンスだぞ!」

「だ、だからしないってば……!」


 再び照れる善をいじって、花恋はケラケラ笑っていた。


「でも、花恋さんっていろいろな人に告白されてるんでしょ? その中で付き合いたいって人はいなかったの?」


「んー、わたし追いかけられるより追いかけたい派っていうか? 向こうからグイグイ来られるより、『この人だ!』っていう相手を自分で見つけたいんだよね」

「ふーん?」


 何とも贅沢な話だ。彼女レベルになると、どんな相手でも選び放題というわけらしい。


「ていうかさ、善くんの方はどうなん? 彼女とかいないわけ?」

「お、俺はそういうの全然……」


「えー、善くんってモテない感じじゃなさそうだけどなー。あ、てかあの子! つばさちゃんとはどうなったの?」

「いや、翼は友達だからどうなるも何もないって」


「へーえ。じゃあ翼ちゃんとは普段どんな感じなの?」

「そうだな――」


 と、善は近頃翼関連で起きた出来事を話した。


 一緒に買い物に行ったり、休日はスポッチャで遊んだりした話を花恋は「ふむふむ」と興味深そうに聞いていた。


 よくわからない理由で泣かせてしまったことを語った時は、


「ええ……善くんマジでわからないわけ……?」


 なんて本気で引かれてしまったが。



     *



 それからつらつらとなんでもない世間話を楽しんでいたら、店を出る頃には二十二時を過ぎていた。

 人のまばらな駅のホームで二人は向き合う。


「善くん今日はご馳走様!」

「どういたしまして。まさかチョコパイまで食べるとはね」

「あれマジ美味かった! 善くんも食べればよかったのに!」


(花恋さんが先に口つけたから食べられなかったんじゃないか……)


 あっけらかんと言う彼女に、善はいささか抗議の目を向ける。齧りかけを食べるのは憚られ、結局は全部彼女にあげたのだ。


「そういえば、わたしたちってまだお互いのLINE持ってなかったよね?」

「え……う、うん」

「いい機会だし交換しよーよ。スマホ出して?」


 花恋に促されるまま善はLINEを操作し、おぼつかない手つきで友達追加のQRコードを提示する。

 数秒後、善の友達欄には新しく【か♡れ♡ん】の文字が表示されていた。


「はい、オッケー♪ これでどんな時でもお話できるね!」


 花恋に微笑まれ、善は「そ、そうだね……」と落ち着きなく返した。


(ひえぇ……か、花恋さんとLINE交換してしまった……!)


 陽キャギャルの連絡先をゲットするなんて、ぼっち陰キャからしたら天上から降って来た宝に等しい。善は自分のスマホを大事に握りしめた。


「あ、電車来た。じゃあね善くんっ、また明日!」

「うん、また」


 そう言って、花恋は電車に乗り込んでいく。

 車窓越しに彼女と手を振り合いながら善は、


「俺にもワンチャンあったり……するわけないよな」


 なんて戯言を呟くのだった。


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