第15話 ボーイッシュ幼馴染の暴発する承認欲求
ある日の昼休み。
(そろそろ総菜パンも飽きてきたし、ここらで噂の激辛明太子おにぎりにチャレンジしてみるか)
なんて他愛のないことを考えていた。
すると背後から忍び寄る影が――
「ヘイヘイヘーイ‼」
「わっ、つ、翼⁉」
突如現れた
「小学生じゃないんだから、もうちょっとお淑やかに登場してくれよ……」
翼は白い目を向ける善を一笑に伏して、
「善、これからお昼? 一緒に食べようよ」
「いいけど、お前昼はいつも陸部の人たちと食ってるって言ってなかったっけ?」
善が訊くと、翼は「まあまあ、いいからいいから」とお茶を濁した。
「あたし今日お弁当ないから購買なんだ。善もそうでしょ?」
「ああ。それならどっちかの教室行って食べようか。購買脇の食事スペース混んでそうだし」
「それもいいんだけどさぁ……もっと別の場所にしない?」
「別の場所?」
善は首を傾げる。
まさか女子陸上部の部室で食べるとか言うんじゃないだろうな……と思っていると、翼は意外な場所を提案してきた。
*
購買でパンやおにぎりをいくつか買った後。
善たちは中庭の芝生に座って、それらにぱくついていた。
「し、しかしいいのか……? 俺たちがこんなとこいて」
「いいのいいの。別にカップル以外がここ使っちゃいけないなんて法律ないんだし」
二人がいるこの中庭は、日当たりもよく昼食をとるには最高のロケーションだ。
そのためここはカップルや陽キャグループの利用が大半で、「昼を中庭で過ごせるようになったらリア充の仲間入り」とまで言われているらしい。
善はあいにくその風説については知らなかったが、たしかに近寄りがたい雰囲気は感じていた。
落ち着きなく辺りを見渡していると、翼はこんな提案をしてくる。
「じゃああたしたちもカップルっぽいことしてみる?」
「えぇ……何言ってるんだお前」
怪訝な顔をする善だったが、翼の目は本気だった。
「だって善は、ここにいる資格が欲しいんでしょ?」
「でも俺たちは――」
「はいはいわかってるって。あたしたちは友達、でしょ。だからフリだけするんじゃん。幸いあたしたち、男女なんだし」
なんだか言いくるめられたような気がして、善は口を尖らせる。
「にしたって、恋人っぽいことなんて何やるの?」
「一緒に自撮り写真撮るとか?」
「ああー……まあ、それならできなくはなさそうだな」
早速、翼はコロッケパンをかじりつつ、スマホを天にかざした。
インカメラが起動された小さな画面には、翼と見切れた善の姿が映っている。
「ほら善、もっとこっち寄って」
「え? フリだけなら実際に撮る必要はないんじゃないの?」
「何言ってるの。中庭警察が来て『お前らリア充じゃないな? 非リアの中庭使用は問答無用で処罰する! ズギャギャギャギャン! ウワッー!』ってことにならないように証拠作っとかなきゃ」
「さっきと言ってることが違う上にそもそも中庭警察ってなんだよ……」
とまあ、そんなやり取りもありつつ結局翼に流されて写真を撮った。
「おー、良い感じに取れてるじゃん。善にも送っとくね」
「はいよ、そりゃどうも」
投げやりに返事をしつつ、LINEで送られた画像を確認する。
二人並んだ自撮り写真。バックには青々とした芝生も映っていて、存外映える画角だった。
「言っとくけど、この画像SNSに流したりしないでくれよ」
「んなことしないっての。こんなのSNSに流したら、それこそカップル宣言してるみたいじゃん」
まあ、それもそうか。
翼の方だって、善との関係性を疑われるような迂闊なことしないだろう。
それから二人はいつも通り、面倒な授業の愚痴だったり部活の話だったりワンピースのラスボスは誰かを議論しながら、楽しい昼休みを過ごした。
*
自宅に帰った翼は、今日起きた出来事を思い出してベッドの上で恍惚な笑みを浮かべていた。
「ああ、今日も楽しかったなぁ」
思えば、高校に入学して善と一緒に昼を食べるのはこれが初めてだった。いつもなら陸上部の面々やクラスの中の良い女友達と過ごすのだが、今日は彼女たちの誘いを断って善の下に行ったのだ。
おかげで今日の昼休みは特段楽しく過ごすことができた。それに――
「撮っちゃった。善とのツーショット。うひ、うひひひひひ……」
怪しい笑みを浮かべながら見つめるのは、スマホの画像フォルダ。昼の中庭で撮った自撮り写真だ。
あの後、翼は速攻でこの写真をホームの壁紙にしていた。
だが翼の欲はそれだけには飽き足らず、
「むう……この写真、誰かに見せびらかしたい……。『あたしたち友達だからー』とか言って見せて、友達に『嘘つけラブラブじゃーん』って言われたい……」
湧き上がる承認欲求を満たせる先はないかと思案するが、SNSにアップするのは善にダメだと言われてしまった。
惚気を聞いてくれる優しい先輩、
「あ、そうだ!」
妙案を思いついて、翼はすぐに実行に移った。
LINEでプロフィール設定画面を開き、自分のアイコンをさっきの写真に変更する。
確認すると、トーク画面には丸く区切られた翼と善のツーショットが表示された。
「きゃああ、やっちゃった!」
気恥ずかしさと高揚感に、翼は枕に顔を埋めた。
そして少し経つと、名残惜しさを感じつつもアイコンを元の写真に戻す。青空と鳥の翼が映った写真だ。自分の名前になぞらえて、いつもはそれにしていた。
「ふふ……気づいた人いるかな?」
現時刻は午前零時手前。健全な高校生だったらもう寝ている時間だ。それにアイコンを変更していたのはわずか一分足らず。
夜更かししてLINEをしている人もいるだろうが、ピンポイントで翼のプロフィールを見ていた人などいるはずもない。
このスリルと充足感によるドキドキで、翼のテンションは完全にハイになっていた。
「ああ、我慢できない! もう一回やっちゃお!」
そうして翼は、およそ十回にわたるアイコン変更で承認欲求を満たしていた。
と、午前一時を過ぎた頃――
【ゆまちー】『メンヘラみたいにコロコロとアイコン変えるのやめなさい。目障りだわ』
「わっ……
唐突に来たメッセージに翼は肝を冷やした。
だが、相手が真智なのは幸いだった。
【つばさ】『め、メンヘラってなんですか⁉ あたしはそんなんじゃありませんよ⁉』
【ゆまちー】『前に
【つばさ】『そんなことしませんって!』
【ゆまちー】『じゃあ今、水沢くんに彼女できたって報告されたらあなたどうする?』
【つばさ】『相手の女を潰すしか……』
【ゆまちー】『ほら言った通りじゃない。私にもその未来が見えるわ。水沢くんに他の女ができてあなたが心を壊す未来が』
【つばさ】『へ、平気ですよ! 善は陰キャで友達もいないですから! あたししか遊ぶ友達いないくらいだし、あたしにゾッコンな未来しかないんで!』
【ゆまちー】『その自信がずっと続けばいいけど……。とりあえずその危険な遊びはやめなさいね。また二人が付き合ってるって噂流れたら水沢くんにも迷惑かかるでしょ』
【つばさ】『はーい……』
先輩に怒られてしまい、翼はしゅんと肩を落とす。
だが、確かに彼女の言うことは正論だった。写真に善が映っている以上、この遊びは翼一人で責任を負える範疇を超えている。
仕方ないがこの遊びは封印するしか……。
と考えて、
「ま、たまーにだったらやってもいいよね」
すでに翼は、この危険な遊びの虜になっていた。
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