第二章
第14話 ボーイッシュ幼馴染の炸裂する愛情
「何が悪かったんだ……」
月曜日の朝、
一昨日突然現れた謎の女性に帰されて以降、善は
【水沢 善】『ごめん! 俺なんか気に障ること言った⁉』
なんてLINEは送ったが、翼からは『大丈夫。気にしないで』と素っ気ない返事が来たのみ。結局何が原因だったかはわからず、そもそもこのやり取りだけでは彼女の機嫌が本当に直ったかどうかすらわからない。
(はぁ……休み時間に翼んとこ行ってみるか)
そんな風にため息をつきながら、校門で上履きに履き替え教室へと向かった。
と、そんな時だ。
一年四組の出入り口付近に、見慣れた人影を発見した。
「翼……?」
「あっ……善……」
四組の教室を覗いていた翼は善の姿を認めると、ずんずんこちらに向かってくる。
「つ、翼、この間は……」
なんて口を開きかけた次の瞬間、彼女は善の腕をむんずと掴み、
「ちょっと来て」
「え? あ、おわっ……」
有無を言わさない様子で翼に腕を引かれ、善は人気のない空き教室前の廊下まで連れて来られる。
翼は立ち止まって善に向き直ると、神妙な面持ちでこちらを見てきた。
「えっと……どうしたの?」
なんだか翼の様子が変だ。
謝罪の件も今は忘れて、善は翼の次の言葉を待った。
が、
「う、う、うらああああぁぁぁぁっっっ!」
「は? はああっ⁉」
彼女は何を思ったか善の腹部にタックルをかましてきた。
そのまま翼はガチッ、とクワガタのように善の身体に抱き着いてくる。
何がなんだか全くわけがわからない。
「おりゃおりゃおりゃおりゃ!」
「つ、翼っ……いや、何⁉ 怖い! 怖えぇよ言いたいことがあるなら口で言ってくれ!」
翼は善の胸に顔を埋め、スリスリと顔をこすりつけてくる。やがて「おりゃおりゃ」攻撃が終わると、翼は善にしがみついたままこう言ってきた。
「この間は取り乱してごめん」
(今も大概取り乱してた気もするけど……)
なんて思いつつも、
「ああ……? うん。俺の方こそ。なんか変なこと言っちゃったみたいで……」
「ほんとだよ」
翼は拗ねたような口ぶりで言う。
「善は乙女心がわかってなさすぎる。あたしのことも何もわかってない」
「その……ほんとごめん」
平謝りするしかなかった。だって、善には本当に何がいけなかったのかわからないのだ。
「だから、仲直りしよう」
「うん。俺もそうしたい」
「ならこのままギュってして」
「……え?」
耳を疑った。
今こいつはなんて言った?
「ギュってしろって言ってんだろうが」
「いでででで……っ! 翼さん痛いです!」
万力のように身体を絞められ、善はたまらずうめき声をあげる。
「じゃあ、しろ」
「わ、わかったよ」
そう言って、善は翼の背中に手を回した。
翼の小さな身体が、自分の身体にすっぽりと収まる。
温かい。まるで大きな湯たんぽを抱いているみたいだ。
いくら腹筋が割れているとはいえ女子の身体は柔らかく、サラシで押さえられているであろう部位からも確かな感触が伝わってくる。
(な、なんか変な気分になってくるな……)
しばらくして、善はゆっくりと身体を離し視線を落とす。
するとそこには、ジッとこちらを見つめる翼の顔があった。
「ドキドキした?」
「へ?」
「あたしとハグしてドキドキしたかって訊いてんの」
「い、いや……そりゃあ男と女だし……」
もそもそ答える善に、翼はしてやったりという顔をする。
「へへーん。善ってば、あたしとハグして興奮してやんの! おっかしー、あたしたち〝友達同士〟なのに」
「お、お前……これが目的だったのか」
つまり翼は、善をからかうことで復讐を成し遂げようとしたのだ。
まんまと乗せられてしまった善は、悔しさに髪をかいた。
「くっそ……! これで満足かよ⁉」
「んー、まあひとまずこれで勘弁してあげる」
言って、翼は無邪気な笑みを浮かべた。
その後いくつか言葉を交わした後で、
「それじゃあ善、今日の放課後もいつも通りで」
「ああ。六時に校門前な」
そうして、翼はたたたっと教室の方に駆けて行った。
ひと悶着あったが、とりあえず翼との関係性は元通りになって何よりだ。
と、その時だった。
「ん?」
善は走り去っていく翼の後ろ姿に違和感を覚えた。
「翼のスカート、あんなに短かったっけ?」
*
陸上部副部長――
陸上部がいつも固まって帰るのも、食事会が毎週のように開かれるのも、実は彼女の計らいだ。
だがそんな彼女の主宰する会に、参加したがらない者もいる。
真智は「人にはそれぞれ考えがあるから」と気にしてはいなかったのだが……。
最近、そんな後輩が久しぶりに食事会に参加してくれた。
「それで、彼とは仲直りできたの?」
「はい! おかげ様で先日のことは綺麗さっぱり水に流れました」
放課後、陸上部の部室にて。
二人きりになったタイミングを見計らって、真智は件の後輩――佐藤翼と秘密の女子トークをしていた。
「それでどうだった? 彼に抱きしめてもらった感想は」
「いや、とか言ってもあたしたち幼馴染じゃないですか。昔からじゃれ合いとかしてたから今更――って思ってたんですけど」
翼はうっとりととろけたような表情で語る。
「えへ、えへへへへぇ……めっちゃ良かったです。ギュってした瞬間善の身体に包まれる感じがして……あああ、善んんんっ。もっとハグしてたかったよぉぉぉ!」
「……私はとんでもない女を目覚めさせてしまったのかもしれないわね」
蕩けた表情の翼にギュッと抱きしめられ、真智は嘆息した。
先日、真智のバイト先であるカフェにて自身の本当の気持ちに向き合ってからというもの、翼は決壊したダムみたいに善に対する愛を溢れさせていた。
これまで感じていた友情が愛情に置き換わり、限界突破したようだ。
あの後休日の間は翼とLINEでやり取りしていた真智だったが、
【つばさ】『善ってすっごく優しいんですよ、小学生の時道端で困ってたおばあさんを助けたことがあって。そのおばあさん財布を無くしたって言うんですけど、善が一日中探してあげたんです。その後学校で表彰までされたんですよ⁉』
【つばさ】『善ってオタクだからアニメとかゲームのキャラが好きなんですよ。中でも色黒でロングヘアの女の子が推しらしいんです。ねえ先輩、あたしも髪伸ばして肌焼いたら善の好みの女の子になりますかね? あ、ちょっと待って、コスプレっていうのもあるんですね! これあたしでもできると思いますか?』
【つばさ】『あー、わかります。確かに井田先輩の練習メニューしんどすぎですよね。あたしはまだ平気ですけど、他の一年の子たちついてこれないんじゃないですか? ところであたしが思う善の良いとこ発表しますね。その一、顔!』
(……うざいわ)
面倒見の良い真智ではあるが、流石に軽い気持ちで翼の恋路を手伝ったことを後悔していた。
彼女の善に対する愛は底なしだ。
週が明けて学校で顔を合わせたらどうなってしまうのだろう……と思ったが、意外にも翼の好き好きオーラは百分の一程度しか発揮されていなかった。
「そんなに彼のことが好きならとっとと告白したらどうかしら? 案外彼も断らないかもしれないわよ」
「え、でも……善はあたしのこと友達だって思ってますし……」
翼はこの調子だ。せっかく善への好意を自覚したのに、当人を前にするとビビッて「友達」を盾にしてそれを表に出せないでいる。
「じゃあ、当分は『頻繁にアプローチをしかけてもう一度恋愛対象として認識してもらう』という感じで攻めるのね?」
「は、はい……」
翼はこくりと頷いた。
先ほどのハグも、翼のスカートが短くなっているのも、その作戦の一環だ。
こちらから告白できないならば、向こうから来てもらう他あるまい。
ただ、この状況を真智は心底愉快に思っていた。
(……この子たちの恋愛模様を見ているだけで当分は楽しめそうね)
あの恋バナ大好き陸上部女子において、積極的に集会を開いている実質的なトップだ。
そんな彼女が、他人の恋路に興味ないわけがなかった。
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