第12話 デートって、あいつどこまで本気なんだ?3

 ローラースケートでの一件を終えた後。

 微妙な雰囲気になってしまった二人は、「もうかなり遊びつくしたよね」ということでスポッチャを出た。


 建物を出ると空はまだオレンジ色だ。

 普段夕方六時から放課後を楽しんでいるぜんたちにとってはまだまだピークタイム。

 このまま帰るのも釈然としないということで、二人は近場の喫茶店に入った。


「いやー、しかしサラシが外れるなんて思わなかったわー」

「お、おう。そうだな、気をつけた方がいいよ」


 どう返したらいいかわからず、善はおっかなびっくりで返事をする。

 二人の会話はどこかズレていて、ラリーがあまり続かなかった。


 さっきからずっとこの調子だ。

 友達だと思っていた相手と、不慮の事故とはいえキスをしてしまうなんて……。

 善の頭の中では、某班長が「ノーカン! ノーカン!」と必死に訴えていた。


「そ、それにしてもさっきの子たち、まいっちゃうよね」

「えっと……なんだっけ?」

「あたしたちのこと見てカップルだー、なんて」

「ああ、リンク出る時の」

「あたしたちはただの友達だってのに。今度言ってきたら懲らしめてやるんだから」


 そう言って、つばさはシュッシュッとシャドーボクシングをする。


 だがそんな彼女の様子もどこか浮ついているような気がして、善はうまくツッコミを入れることができない。

 ふと翼と目が合うと、お互い「「……っ!」」と気まずさに顔を逸らしてしまう。


「……」

「……」


 そんな風にして、二人はコーヒーカップの中身をちびちびとすすっていた時だ。


「あー、もう! この際だ! 全部聞いちゃうか!」

「え……ど、どうしたの?」


 急に吹っ切れたような顔になった翼が、覚悟を決めた顔を向けてきた。


「ねえ、あたし善に訊きたいことがあるんだ」

「? どんなこと?」


「噂で聞いたんだけど――『善があたしのことが好き』って、ほんと?」

「ぶふぁっ⁉」


 善は冗談でもなんでもなく、コーヒーを噴き出してしまう。

 紙ナプキンでテーブルを拭きながら翼の顔を覗き見ると、そんな質問をする彼女の顔も真っ赤に染まっていた。


「じ、自分でこんなこと聞くなんておかしいとは思ってるよ? でもそんな噂聞いちゃった以上、無視するなんて無理だし。……これからも善と一緒にいるってなったら、そこら辺はっきりしておかないともやもやするから」


 たぶん、前の昼休みに浩介こうすけたち陽キャグループと話した内容が原因だろう。

 噂の出所はその時話した誰かか、善たちの会話を聞いていた第三者か。犯人捜しをするつもりはないが、いずれにせよ迂闊なことを口にすべきじゃないなと思った。


「ていうか、あたしその噂聞く前から、善の視線がおかしいって感じてたんだ」

「え……?」


 その言葉に、善の頭は真っ白になる。


(それってつまり、俺が翼の胸を見まくっていたのがバレたってこと……? それなら最悪だ。今までどれだけ翼の胸に視線が寄せられたか――)


「あたし見ちゃったんだ。善のパソコンの履歴」

「もっと最悪なのバレてたーーー‼‼‼」


 善は顔を覆って喚いた。


「ち、ちなみにそれっていつ……?」

「あたしが前善の家行った日。善が寝てる隙に、指紋認証でロック解除した」


 ドンピシャで翼似の「女優」やら「画像」を探した翌日だ。


(もう嫌だ‼ 誰か俺を殺してくれ‼)


 話の流れ的に、翼はその履歴から、自分が善にそういう目で見られていると疑ったのだろう。

 その推理は大当たり。これが火曜サスペンスだったらとっくに崖際に立って悪あがきしている段階だ。


 善の動揺っぷりで確信したのか、翼は「やっぱそうなんだ……」と呟いた。


「ご、ごめん……なんというか、つい出来心で……」


 どう言い訳したらいいかもわからず謝る善。しかし翼は、ふるふると首を振った。


「まあ、それ自体はいいよ。善だって男子だし、そういう気持ちになるのは仕方ないから。……でもあたしに似た人を探してたってのは、つまりあたしのこと、えっちだなって思ってたってことなの?」


「それは………………まあ、うん」


 ここで嘘をついたって白々しいだけだ。善は翼と目を合わさないまま頷くと、向こうからも「そ、そっか……」と気もそぞろな声が返ってくる。


「それで……どうなの? 善はあたしのこと――好き、なの?」

「う……」


 上目遣いで問われ、善は言葉を詰まらせた。


 翼のことは昔から良い友達だと思っていた。明るくて活発で、少々わがままな時もあるが引っ込み思案な善を引っ張ってくれる。


 翼といると退屈な日常も彩り豊かに見えた。男や女という垣根を越えて、善は翼に対して信頼と友情を抱いていたのは確かだ。


 ただ――翼と再会して、最近は彼女に女性的な魅力を感じることもあった。

 発端は、やはり一緒に水着を買いに行った時だ。


 容姿はあまり変わっていないと思っていた翼が、実は脱いだらすごいとわかってから、善の見る目は間違いなく変わった。翼の隣にいるとわずかに緊張するようになったし、一緒に帰っている時は薄っすらと優越感を覚えていた。


 だが――それで本当に彼女のことが好きと言えるだろうか?


「好き」という感情はもっと、純粋で心の奥底から湧き出てくるものじゃないのだろうか。こんな浅ましい劣情を「好き」と結びつけるのは不純ではないのか。

 そんな風にいろいろと考えを巡らせた結果――善はこんな結論を出した。



「俺は翼のことが、友達として好きだ」



 今日一日、翼と過ごしたことを振り返って、強くそう思う。


「俺さ、この前の放課後、クラスメイトたちと遊びに行ったんだ。でも全然楽しくなくって。いや、彼らが悪いんじゃないんだけど、俺が楽しめなかったのは事実だ」


 善は視線を上げて続ける。


「でも、翼といる時は違う。翼と一緒なら俺はたぶんどこ行っても楽しいし、いろいろなことをしてみたいって思う。だから――」


 善は翼のことを真っ直ぐ見つめて言った。



「俺は翼のこと、大事な友達だと思ってる」



 善の翼に対する想いは未だにあやふやで、万華鏡のようにくるくると見え方を変えている。

 だけどこれが、今の自分に言える最大限のアンサーだ。


 翼はしばらく黙っていたが、やがて力が抜けたように口を開いた。


「あはは……よかったぁ~。善があたしのこと恋愛対象として見てなくて。ここで『付き合って!』とか言われたらどうしようかと思ったよ」

「そう言ったら付き合ってくれたの?」

「まっさか。善はもうちょっと逞しさを身につけた方がいいよ。この軟弱ノッポめ」

「なんだそれ。間違っても学校で流行らせないでくれよ」

「うーん、どうしよっかな~」


 なんて、翼はいつもの調子で善をいじろうとしてくる。

 だが先ほどまでの気まずい雰囲気は完全に胡散霧消して、善は少しホッとしていた。


(よかった。これでまた、翼といつもみたいに話せる)


 そう思って、善は翼に「何か食べていかない?」と提案しようとした――その時だった。


「え……?」


 善は呆けた声を発した。

 視界に入った幼馴染が、大粒の涙を流していたからだ。


「つ、翼……? お前、それ……」

「え……? わっ、え? 嘘、なに……これ……」


 翼は慌てたような声を出して、自分の目元を拭った。それを皮切りに涙はぼたぼたと溢れてきて、翼は嗚咽を漏らし始める。


「ひぐ……ぐすっ……うああ……そんな、つもりじゃ……」

「ご、ごめん! 俺なんか変なこと――」


 と、翼の方に回ろうとした瞬間、腕を何者かに掴まれた。


 この店のウェイトレス服を着た少女だった。髪を後ろで一つ結びにし、その瞳には落ち着いた印象がある。年齢は善より一、二個上だろうか。

 彼女は善に、諭すような目を向けてきた。


「ダメよ水沢みずさわくん。今はあなたが行っちゃダメ」

「いやそもそもあなたは……ていうか、なんで俺の名前知ってるんですか」


 緊急事態だというのに赤の他人に割り込まれ、つい口調が剣呑になる。


「私は柿木坂かきのきざか高校の生徒で、この子と同じ陸上部だから安心して。あなたが今やるべきことは、二人分のお会計をしてこのお店を出ることよ」


 見ると、翼はその少女の服を掴んで「湯町ゆまち、先輩……」と言っていた。

 どうやら彼女の言っていることは本当らしい。ただやはり納得はできなくて、善は彼女に食ってかかった。


「な、なんで急に来たあなたにそんなこと言われなくちゃならないんですか。これは俺と翼の問題でしょう」


 言って善は翼に向き直る。

 だがしかし、翼は潤んだ瞳を善に向けて、一言。


「……ごめん。今は帰って」

「――」


 その言葉を最後に、善は逃げるようにカフェを出た。


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