第11話 デートって、あいつどこまで本気なんだ?2

 その後も、二人はスポッチャ内のいろいろなスポーツで勝負した。


 圧倒的に優勢なのはつばさだった。持ち前の運動神経の良さを生かして、彼女はぜんをボコボコにしていた。


(くっ……このままじゃ俺のプライドが……)


 そう思って、善はパワー勝負のパンチングマシーンや、持ち前の身長を生かせるバスケの1on1を提案したのだが、


「やだ。やりたくない」


 と翼に断られてしまい、泣く泣く不利なゲームをする羽目になっていた。


(ああ……高校生になっても俺、翼の尻に敷かれるんだなぁ……)


 なんて涙をちょちょぎらせていた善だったが、そろそろ翼も勝負事には飽きたらしい。


「善、あっちのローラースケートやらない?」

「いいよ。今度はどんな対決?」


「そういうんじゃなくて、普通にやってみたいだけ。そ・れ・にぃ……もう善のこといじめるの飽きちゃったし」

「お前本当に悪魔みたいなやつだな……」


 そんなことを話しつつ、受付でローラーシューズやサポーターを借りてそれを装着する。

 リンクまで行くと、多くの人たちがローラースケートを楽しんでいた。


 利用者の大半はカップルや親子連れだ。中には手を繋いで仲良さそうに滑っている男女もいて、善は少々気後れした気分になる。


 ちら、と隣を見ると、入念に準備運動をしている翼の姿があった。


(翼は……うん、ないな)


 一応自分も男女の二人でこの場にいるわけだが、ドキドキ感はまったくと言っていいほどない。

 朝は「デート」とか言われたせいでソワソワしていたが、蓋を開けてみればいつもの放課後の延長線だ。


 ああやって手を繋いだり、仲睦まじく額を寄せあったりなんて考えられない。

 ただ、だからこそ今の翼との距離感が善にとっては心地良く感じられた。


「うっし。行くよ、善!」

「おう」


 返事をして、善は翼と共にリンクに足を踏み入れる。


「おわっ、ととと……」


 ローラースケート自体初めての善は、おっかなびっくりで小鹿のようにヨタヨタと前に進む。

 一方の翼はというと、


「フゥ~~~♪ 気持ちい~~~!」


 人の間を縫うように、スイスイと滑る翼。その華麗な滑りっぷりに、周囲の人たちも驚きの目を向けていた。

 早々にリンクを一周してきた翼が、善の元に戻って来た。


「どや!」

「はいはいすごいですね」


「おい褒めが足んねーぞ。もっとあたしを湛えろ」

「だってお前の運動神経が良いことなんてわかりきってるし」

「そんなこと……なくはないけどね!」


 言って、翼は自画自賛するように頬をかいた。

 どうやら彼女は、中学時代よく友達とこういう場所に来てスケートをやっていたらしい。


 事前に聞いていたためインパクトは薄かったが、それでも誇りたくなるのがわかるくらいの腕前だった。


「善は相変わらず下手っぴだなぁ。あっはっはっは!」

「わ、笑ってないでコツとか教えてくれよ!」


 リンクの壁に手をついて、善は震えながら抗議の声をあげる。


「んー、どうしよっかな~。『翼様、どうぞ運動音痴のわたくしめにコツを伝授してください』って言ってくれたら――」

「もうワンピース貸してやんないぞ」

「あたしに任せな。必ず善を世界に連れてってあげるから」

「いや世界大会に出るなんて一言も言ってないんだが……」


 調子の良い翼にツッコミを入れつつ、なんやかんや彼女から上手な滑り方を教わる。

 感覚派の翼によるコーチングは「もっと腰を良い感じに!」「ダメダメ、そこでグワーッと行かなきゃ!」と難解を極めたが、幼馴染の善にとっては慣れたことだ。


 翼の言葉を上手いこと自分の言葉に翻訳し、徐々にコツをつかむことができた。

 やがて――


「おお、だいぶ滑れるようになったじゃん!」

「おかげ様でな」

「あたしインストラクターの才能あるかな? 将来そういう道もありだと思う?」

「うん、それは絶対やめとけ」


 なんて翼と会話しながら滑ることも可能になったくらいだ。

 そのまま、二人は並んでするするとリンクの上を滑る。


「てゆーか善、中学時代こういうとこ来なかったわけ? まさか中学でもぼっちだったとか?」

「いやいや、流石に中学では友達いたって。でも、大半が俺と似たタイプの人間だったから、こういうとこ来るより家に集まってゲームしてることが多かったな」


「オタ友ってやつか」

「まあそんなとこかな。だから中学時代はけっこう楽しかったよ」


「ふーん、オタクたちと、あのえっちなバニー服着た女の子が出るゲームの話してたんだ?」

「な……ッ⁉ なんでそんなこと知ってるんだ?」

「あ……やべっ……」


 翼は「口が滑った」とでもいうようにバツの悪い表情をした。


 彼女が言っているのはおそらく、善が今ハマっているソシャゲのことだろう。

 美麗なイラストや秀逸なシナリオ、それから可愛い女の子キャラが多数登場するということで、現在のオタクトレンド最前線の作品だ。


 ただ、そのゲームをやっているということを翼に話したことはなかったし、サブカルチャーの知識なんて少年漫画程度の彼女が、それを認知しているとも思えなかった。


「さてはお前、何か後ろ暗いことしやがったな……?」

「え、え~……? あたし何もしてないけど~?」


「否定したって表情が真実を語って――あ、おい待てコラ!」

「へへーん! 捕まえられるもんなら捕まえてみな!」


 翼はそう言って、ローラーシューズを疾駆させる。

 ――が、慌てていたせいで前方の注意を怠ったのだろう。


「きゃっ⁉」


 翼は前にいた男の人とぶつかってしまい、ぐらりと身体をよろめかせた。

 あわや背中から転倒する――と思った次の瞬間。


「翼っ!」


 追いすがった善が、寸でのところで彼女の身体を支えた。


「危なかったぁ……。あっ⁉ う、うちの連れがすみませんでした! お怪我ありませんか⁉」


 善が平謝りしたおかげで、ぶつかってしまった男性も怒りの鉾を収めて去って行った。

 翼はというと、石にでもされたみたいに呆然と善に肩を抱かれている。


「翼、平気?」

「え……あ、うん。平気……」


 ようやく意識を取り戻したらしい翼が、善の身体に縋るようにしがみつく。

 しかし彼女はぶつかったショックが抜けきっていなかったらしい。先ほどの華麗な滑りが嘘のようにヨロヨロと立とうとして、


「わっ……とっとっと――きゃあっ!」

「おま、ちょ――うわぁっ⁉」


 ドシーン! と、善もろともリンクの上に倒れ込んでしまった。


「いたた……どうしたんだよ、つば――」


 瞬間。

 善は唇に、「ちゅっ」と柔らかいものが触れるのを感じた。


「え……?」


 頭が真っ白になる。

 倒れた瞬間から脳の処理が追い付かなくて、呆然と目の前にある翼の顔を見つめてしまう。


「あ……やっ、善、ごめんっ!」

「お、おう……」


 善に覆いかぶさるような体勢になった翼が、頬を染めて謝ってきた。


 その「ごめん」は唇が触れてしまったことに対してなのか、倒れてしまったことに対してなのか。

 どっちか判別はつかなかったが、善も翼も、そのことに言及することはなかった。


(い、今の……もしかして俺のファーストキスになったりするのか……?)


 なんて思考をぐるぐるさせていると、倒れたまま起き上がらない二人に周囲から「大丈夫か……?」「頭打ったのかしら……?」という声が降ってきた。


「つ、翼、そろそろ起きよう。なんか心配されてる」

「そ、そうだね……」


 そうして翼は腕立て伏せの要領で身体を起こそうとし、


「……あ? 嘘、やばっ」

「おうふっ⁉」


 再び翼が覆いかぶさってきて、善は変な声を上げる。


「なんだ? どうしたんだ?」

「さ、サラシ取れちゃった……」


 マジですか……。


(ていうことは、さっきからお腹に当たってる柔らかいのって……)


 意識するといろいろとマズいことになりそうで、善は必死に思考を変える。


「と、とりあえず俺が立つから! お前は手で押さえてろ!」

「う、うん。わかった」


 そうして、善は翼をどけて壁に手をかけ、ゆっくりと立ち上がった。

 次いで、リンクにうずくまって必死に胸を押さえている翼に手を伸ばし、彼女を起き上がらせる。

 そのまま、善は翼の片手を引いて退場口まで誘導した。


「……」

「……」


 先ほどキスをしてしまったかもしれないという疑惑や、しばらく身体を密着させていたこと。それに今、手から伝わる翼の体温で、善の頭は沸騰しそうになっていた。


 それは翼も同じらしい。加えて彼女は、衆目が集まる場で下着が外れてしまっているのだ。

 この状態じゃ二人とも無駄口を叩く余裕もない。

 そのため歩いている途中リンクを滑る子供たちから、


「カップルだー!」

「ラブラブだー!」


 とかけられた野次にも反応できず、二人は顔を赤くし俯いたまま、リンクの外へと出て行った。


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