第10話 デートって、あいつどこまで本気なんだ?1

「こ、こんな感じでいいかな……」


 約束の土曜日。

 善は姿見の前で、何度も自分のコーディネートを確認していた。


 サックスブルーのストライプシャツに黒のワイドスラックス。どちらも姉からプレゼントされたもので、ある程度清潔感を意識した洋服だ。

 翼と休日遊びに行く――それだけならいつもの放課後の延長線なのだが……。


「デートって、あいつどこまで本気なんだ……?」


 文末に(笑)があったからネタで言ったのだろうか。

 それともデートというのは本気で、照れ隠しのために(笑)を入れたのだろうか。


 その二択で揺れた結果、善はいつもより気合いの入った服をクローゼットから引っ張り出したというわけである。

 悩みながらも結局そのコーディネートで決定し、髪も申し訳程度に整えた。


 約束の時間になったら翼がこの家にやってくる手筈である。

 普通のデートだったら、『ごめーん待った?』『ううん。今来たところさ』なんて甘いやり取りがあるのだろうが、家が近い幼馴染との約束ならこっちの方が合理的だ。


 やがてピンポーン、とインターフォンが鳴り、善はバタバタと玄関に出る。


「はいよ。おはよう」

「おっす善」


 手を上げて待ち構えていたのは、パーカーにデニムという何ともラフな格好の翼だった。サラシも健在のようで、かなりメンズライクな風貌だ。

 まるで小学生の頃のズボンばかり履いていた翼が、まるまる大きくなったみたいだった。


 が、逆に彼女は善の気合いの入った格好に驚いたようで、


「へえぇ? 善、めっちゃ気合い入ってんじゃん」

「お、お前がデートとか言うからだろうが!」


 ニヤニヤと小ばかにした笑みを浮かべる翼に、善は必死になって言い訳をする。


「ぷぷぷ、もしかして本気にしてたの? そっかー、それならデートらしく、今日使うお金は善に奢ってもらおっかなー」

「ちょっと待ってろ。部屋着のTシャツに着替えてくるから」

「わああ、いいって。時間がもったいない! そのまんまでいいから早く行こうって」


 翼に腕を引かれ、善は仕方なくこの無駄に気合いの入った格好で外出することになった。



     *



 電車で隣町まで来ると街の景色はだいぶ変わった。

 善たちが住む地域は住宅街で、こちらは歓楽街だ。


 お互い昼がまだということで、二人が最初に訪れたのはラーメン屋だった。

 少々並んで店の中に入り、食券を購入。

 しばらくしてカウンターに座った二人の前に、注文したラーメンが運ばれてきた。


「(ちゅるちゅる……ずぞぞぞっ……)なにこれうっま! チャーシューが口の中で溶けるんだけど!」

「おい翼、こっちの魚介ラーメンもすごいぞ。海老がまるまる入ってる!」


「ほんとだ! 一尾もーらいっ!」

「あっ、お前やりやがったな⁉ お返しだ!」


 そう言って、善は翼のどんぶりからチャーシューを一枚奪って口に放り込む。

 舌に触れるとホロホロと崩れる豚肉は、翼の言う通り絶品だ。


(ああ……やっぱ翼といると気楽でいいなぁ……)


 ラーメンに舌鼓を打ちながら、善はそんなことを考える。

 先日クラスの陽キャグループと遊んだ時は、場の空気を壊さないように必死だった。


 俺が喋っていいんだろうか……?

 変な提案して引かれたらどうしよう……。

 そんなことばかり考えて、楽しむことはほとんどできなかった。


 それなのに、翼といるとラーメンを食べているだけでこんなに楽しい。好き勝手に喋ってボケたり突っ込んだりできるし、自分の提案も臆さず言うことができる。


 善は心の底から、高校で翼と再会できてよかったと実感していた。



     *



 店を出た二人は、複合商業施設内のスポッチャに来ていた。


「うわー、スポッチャなんて中学以来だよ。テンション上がるぅ~!」

「あはは……そうだな」


 フロアに降り立ってからずっと目をキラキラさせている翼と、ビミョーな顔の善。


(この間のトラウマが蘇るな……)


 実は先日、陽キャグループと訪れて大惨敗だったのもこの施設だった。

 だが今回一緒にいるのは翼だ。善は気を取り直して、受付を済ませた。


「善、知ってると思うけど、あたしスポーツに関してはガチだから。善も遊びだと思わずに全力でかかってきて」

「もともとそのつもりだ。高校生にもなって運動で女子に負けてたら男子失格だからな」


 なんてやり取りをしつつ、二人は一度フロアをぐるっと見て回った。


「あ! 善、最初これやろうよ!」

「バッティングか……そういや昔、翼と来た時やったなぁ……」


 屋外のフェンスに囲まれたエリア。打席ごとにネットで仕切りがしてあって、その中で何人かが打球を行っていた。


 昔この施設に訪れた時は、当時高校生だった善の姉二人が引率してくれたと記憶している。


「あん時の善、バット持っただけでフラフラしてたよね」

「い、今はあんな非力じゃないぞ」


「どーだか。バットは振れても、一球も球当たんなかったりしてね」

「や、そんなことは……ないと思う、たぶん……」


 弱気にそう言う善を、翼はケラケラと笑った。

 善は早速バットに握ってバッターボックスに立つ。すると、隣に翼の姿はなかった。


「あれ? 翼、打たないの?」

「あたしは善が終わったらにするよ」


 翼はフェンスの向こう側からそう言葉を投げてくる。まずは様子見ということか。


「ウラッ!」


 ストレートに飛んできたボールを、善は某うさぎのような掛け声とともに打った。

 初球はカキン! と具合の良い当たりでヒットゾーンに飛んでいく。


 球技全般が苦手な善だが、膂力はある方だと自負している。当たりさえすればそれなりに飛距離も飛び、ホームランも出すことができた。

 十球を終えてバッターボックスを出ると、腕組をした翼に迎えられる。


「なかなかやりおるな」

「どういう立ち位置のキャラだよ」

「なんかさ、前一緒にここ来た時こんなおじさんいなかった?」


 そう言って、翼は眉根を寄せてガムを噛んでいるように口をくちゃくちゃさせた。


「ぷっ……あははっ、いたなそういや。翼のこと筋がいいとか言ってたよな」

「あのおじさん、あたしのこと男の子だと思ってたからねー。ま、どっちにしろあたしは陸上一筋だけど」


 そんなことを話しながら、翼がバットを握ってバッターボックスに入っていく。

 動体視力がいいのか、翼は飛んできたボールを全てバットに当てていた。

 だが渾身の当たりというのはなく、翼のプレイ分はすべてヒットやファール程度に終わった。


 出てきた彼女を、善はニヤニヤ顔で迎えてやる。


「おやおや、スポーツ万能の翼にしてはずいぶん凡打を連発してましたなぁ。まさかホームランが一球も出ないとは」

「はぁ⁉ ムカつく~~~ッ! ヒット数だったらあたしの方が上だし!」

「でも俺ホームラン二回出したよ? 価値的にはヒット三、四回分でしょ」


 やんややんやと協議したのち、最初の勝負は善の勝利ということになった。


「へへ、パワー勝負だったらもう俺の方が上だな」


 その善の言葉が大層気に入らなかったらしい。翼はムッとした表情になって反論する。


「あたしの持ち味は瞬発力と器用さだから。そんな言うなら善、今度はあっちのストライクアウトで勝負しようよ」

「げ……そ、それは……」

「何? まさかあたしのこと煽っておいて逃げるつもり?」


 つい余計なことを言ってしまったみたいだ。翼の負けず嫌いに火がついて、もう勝負を受けないと引っ込みがつかなくなってしまった。


 その後のストライクアウトで、善は持ち前の不器用さを連発。まともにボールをヒットさせることもできず、翼から盛大に煽り返される羽目になった。


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