第9話 それぞれの放課後
【つばさ】『今日は久しぶりに部活の集まり出るから、先帰ってて』
ちょうど帰りのHRも終わって生徒たちが次々と教室を出ていく。
「仕方ない、今日は帰ってゲームでもするか」
ここ最近はずっと翼と帰っていたから、なんだか肩透かしをくらったような気分になる。
翼を待つ必要がないなら部室に行く必要もないし、最近リリースされたソシャゲのリセマラでもやろう。
そう思っていたところで、
「よっす
「おわっ……み、
「なあ、水沢ってこの後暇? よかったら遊び行かね?」
整った
「せっかく仲良くなったんだしさ。女子とかも結構来るし、いい出会いがあるかもだぜ?」
仲良くなった……? と思ったが、先日の休み時間に話したのが彼にとっての「仲良くなった」なのだろう。陽キャの友達判定の緩さに驚きながらも、善は逡巡した。
そして数瞬悩んだ後、首を縦に振る。
「いいよ。俺もちょうど放課後の予定が無くなったところなんだ」
「お、マジ? おーい、水沢行くって!」
浩介は破顔して待機していたメンバーに報告する。
見ると、結構な大所帯のようだった。浩介率いる陽キャグループに加えて、運動部系の生徒もメンバーに混ざっているらしい。
(せっかく向こうから誘ってくれたんだ。この機会に友達作るぞ!)
相手が陽キャだからって、ビビっていてはいつまでもぼっちのままだ。そう一念発起して善は参加を決めた。
「えー‼ 善くん来るんだったらわたしも行きたかったー‼」
そんな耳を疑うようなことを言ったのは、このクラスのアイドル――
「お前謎に水沢気に入ってるよなー」
「だって可愛いんだもーん」
花恋に二の腕をつつかれ、善は気恥ずかしさに「へ、へへ……」とキョドった笑みを浮かべる。
「花恋さんは来ないの?」
「わたしバイトあるから行けないんだー。寂しい?」
「ええ……いや、その……」
どう返したらいいか迷ったが、実際少し残念に思った善だった。
大勢の知らない人に混ざって遊びに行くのだ。知っている人は少しでもいた方がいいに決まってる。
(べ、別に花恋さんのことが気になるとかそういうんじゃないからな!)
胸中でそんなツンデレ風の自己擁護をしつつ、善は教室を出ていく浩介たちに続いた。
*
一方その頃――。
翼は、部活終わりに陸上部の面々とカフェに来ていた。
「にしても翼が来てくれるの久しぶりだね」
「うんうん、ずっと幼馴染と一緒に帰るとかで袖にされちゃってたもの」
「あはは……すみません」
翼は平身低頭してテーブル席の下座に座る。隣の席とテーブルを合体させ、この場にいるのは翼を含めた女子八人だ。
久々の参加であるのに、「女子だけで話がしたい」という翼のわがままを聞いてくれた先輩たちは、男子部員を先に帰らせてくれたらしい。
陸上部は案外良い人ばかりなのかもしれない、と翼は最近思い始めていた。
「で、どしたの? 何か悩みがあるとか聞いたけど」
「はい、実は――」
そうして、翼は善との関係について語り始める。
善が翼を女として見ていることや、翼は善と今まで通りでいたいこと。
しばらくして語り終えると、先輩たちは口々に言った。
「わかるー、うちの彼氏も会うたびにやらせろやらせろってさぁ――」
「せっかくもムードが台無しだよねぇ――」
「こっちは単純にデートを楽しみたいってだけなのに――」
「あ、あの……あたしは別に話を聞いて欲しいんじゃなくて、どうしたらいいか助言をいただきたいのですが……」
おずおずと言うと、先輩たちは「あ、ごめんごめん。こっちで盛り上がっちゃったね」と軽い感じで謝った。
「でも助言かぁ……一つ言えるのは、ぶっちゃけ男女の友情なんて成立しなくない? ってことだよね」
一人の先輩が言うと、他の面々もその意見に同調した。
「こっちが友達でいたいって思ってても、男の方は『あわよくば』を狙ってたりするし」
「翼、脱いだらスタイル良いもんねー」
「もう割り切って考えるしかないんじゃないかな」
「そう、なんでしょうか……」
思いのほか厳しい意見が飛んで、翼は歯噛みする。
そこへさらに、同学年の女子からの追い打ちがかかった。
「ていうかわたし、水沢くんは翼のこと好きだって聞いたよ?」
その言葉に、翼は目を白黒させて「それ、ほんと……?」と訊き返した。
「マジマジ。なんかこの間の昼休み、四組でそんな話してたんだって。わたしも又聞きだから詳しいことは知らないけど」
「そんな……」
呆然とする翼。一方他の女子たちははしゃいだ様子で口を開く。
「ならもうその水沢くんと付き合っちゃうしかないじゃん!」
「うんうん。恋人にならなきゃわかんないこともあるし」
「前に翼と一緒にいた男子だよね? 見た目全然悪くないし、普通にアリっしょ」
中には「ひゅーひゅー、カップル成立おめでとー!」なんて言ってくる人もいて、場はもう完全に祝福ムードになっていた。
だがそんな時、一人の先輩が凛とした声を上げる。
「あなたたち、少々はしゃぎすぎよ。今は
「ゆまちー真面目―」
「確かに、翼が悩んでるのはそこだもんね」
「よっ副部長! それでこそわたしたちの舵取り役だ!」
おどけた野次が飛ぶも、彼女は「大事な後輩の相談だもの」と冷静に言ってコーヒーカップに口をつけた。
そんな彼女に、翼は「
湯町
そんな真智の鶴の一声で場の雰囲気も変わり、部員たちは次々にアイデアを出していった。
「お互い、他の彼氏彼女を作っちゃうのが一番楽なんじゃないかな?」
「あんまりベタベタしないで、連絡も最小限にした方がいいと思うよ」
「水沢くんを去勢するとかは?」
などと翼と同レベルのひどい意見もたくさん出たのだが――
「うーん。それなら、いっそのことめちゃくちゃ色気のないデートをしてみるとかどう?」
「え、デート……ですか?」
一人の先輩の提案に、翼は怪訝な反応を見せる。
「デートって言っても、幼馴染の彼と普通に遊ぶだけだよ? 集合場所は家の前。ランチはラーメン屋で――」
「スポッチャに行ってガチで競い合うってどう?」
「いいね、それ採用! こんなデートしたら、幼馴染くんも翼に幻滅してくれるんじゃないかな」
「おお……」
善が翼のことを女子として意識しているのであれば、思いっきり男っぽい遊びをしてその意識を打ち消してしまおうという戦法だ。
「確かに……これならあたしでもできそうな気がします」
「うんうん、そうだよね。ちなみに翼、私服ってどんな感じ?」
「えっと、この時期だったらパーカーにジーパン――」
「あ、おっけ。口出しするまでもなかったわ。じゃあ当日もそれでお願いね」
何だかものすごい悪口を言われた気がするが、女の子っぽい私服を持っていないのは事実なので反論しようがなかった。
「じゃあじゃあ、早速彼を誘ってみよ」
「文面にデートって入れるのは忘れずにね」
こうして先輩たちに促されるまま、翼は善にLINEを送った。
*
カフェを出た翼は、帰りの方向が一緒の真智と二人、電車に揺られていた。
「湯町先輩、今日はありがとうございました。先輩のおかげで、良い意見をたくさんいただけました」
「良い意見だったかはわからないけど、佐藤が満足なら良かったわ」
つり革に掴まった真智は、そう言って微笑を湛える。
「今度の善とのお出かけであたし、絶対に友達としての地位を確立してやります!」
意気込んで拳を握る翼。
しかし真智は神妙な面持ちで口を開いた。
「そのことなのだけど……まだあなたに訊いていないことがあったわね」
「へ? なんですか?」
「佐藤、あなたは水沢くんのことをどう思ってるの?」
「どうって――」
真智の深海のように底の見えない瞳に見つめられ、翼はぐっと息をのむ。
「そ、そりゃあ普通に友達ですよ! あいつとは小さい頃からの付き合いですから。今さら恋人になるなんて考えられないです」
「私はどう思うか訊いただけで、彼と恋人になりたいかなんて訊いてはいないのだけれど」
「な……っ! は、ハメましたね先輩!」
「勝手にハマったのはあなたでしょうに」
真智は嘆息して車窓を流れる夜景を眺める。
「今日、私はあなたの味方をしたけれど、本当言うと私も他の部員と意見は同じよ」
「それって……湯町先輩も、男女の友情は成立しない派……ってことですか?」
「ええ。正確に言えば、人と人との関係性は永遠には続かないってことだけど」
すべてを見透かしたような彼女の表情に――翼は小さな反感を覚えた。
「どうして……先輩はそう思うんですか?」
「だって――」
その先の言葉を聞いて、翼は呆然と立ち尽くした。
*
「死にたい……」
夜、自室にて。
善はリビングのソファにぐでっともたれながら、そんなことを呟いた。
今日は最悪だった。
クラスの陽キャグループに誘われて遊びに行ったはいいが、結果は散々。
陽キャのノリについていけなくて、善はものの三十分で地蔵になっていた。
喋れず、アクションも起こせず、意見も出せず。
みんなが楽しく遊ぶ中、ただ一人(早く帰りたい……)と心の底から願っていた始末だ。
時折、気を利かせた浩介が善に話を振ったりいじったりしてくれたが、上手く返すことができずお通夜みたいな雰囲気になってしまった。
「やっぱ俺、このまま寂しい高校生活を送るしかないのかなぁ……」
と、悲嘆に暮れながら何気なくスマホを触ったその時。善は届いていた新着メッセージに気づいた。
【つばさ】『今週の土曜日遊びに行かない? たまには休日に出かけるのもいいでしょ』
「つ、翼……」
その文面は、メンタルブレイクした今の善にとってはまさに蜘蛛の糸だった。
(そうだ、クラスの連中と上手くやれなくたって、俺には翼がいるじゃないか!)
そんな感じで心の安寧を取り戻していると、その下に続くメッセージが目に入る。
【つばさ】『あとこれデートだから。覚悟して来いよ(笑)』
「え……で、デート?」
あまりにも翼に似つかわしくない言葉に、善は見間違いじゃないかと何度も目をこすった。
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