第7話 ギャルのクラスメイトと休み時間

 授業合間の休み時間に、ぜんは窓の外を見ながら思案に耽っていた。


「はぁ……」


 頭の中に思い浮かぶのは、あの幼馴染のことだ。

 昔からの友達で、再会してからも同じような関係が続くと思っていた。


 だけど……善の中では、つばさを見る目が明らかに変化していた。

 成長して女性的な魅力を内包するようになった翼。

 そんな彼女にどう接したらいいかわからなくて、善は連日連夜頭を悩ませていた。


「俺は……翼のことどう思ってるんだろうな……」


 なんて呟いた、その時だ。


「よっす。ちょいとここいいか?」

「え?」


 空いていた前の席に座ったのは、クラスメイトの男子、三河みかわ浩介こうすけだった。

 ワックスで逆立てた髪と爽やかな顔立ちが印象的な男子である。


 話し上手で場の空気を盛り上げるのが得意な彼は、このクラスの中心的な人物の一人だ。

 彼は人懐っこい笑みを浮かべると、こんなことを訊いてきた。


「なあ水沢みずさわ、今何呟いてたんだ?」

「き、聞いてたの⁉」

「ははっ、そう慌てんなって。恋の悩みだったら俺に相談してみな?」


 浩介はそう言いつつ白い歯を見せて笑う。


「べ、別にそういうわけじゃ……」

「んじゃ俺から質問。水沢の好きな子って誰?」

「ええ……? な、なんでそんなこと訊くの……?」


「俺、今このクラスのいろんな奴に好きな人誰か聞いてんだよね。そんで、水沢だったら意外な答え返してくれるかと思って期待してるわけよ」

「意外な答えって?」


「今のとこ、全員の答えが『花恋かれん』だった」

「ああー」


 なるほど。確かに、花恋はこのクラスきっての美少女だ。可愛くてノリが良くて、善のようなぼっちにも積極的に話しかけてきてくれる。『オタクに優しいギャル』という、ファンタジーに片足を突っ込んだような存在だ。


「そんでどうよ、水沢。お前もやっぱ花恋にお熱か?」


 そう言って肩を組んでくる浩介。

 善がどう答えたものかとまごついていると、意外な人物が口を挟んできた。


「何~? 二人してわたしの話してたん?」


 教室に入ってきた花恋が、たたたっとこちらに駆け寄ってくる。


「お前の話なんかしてねーよ。こっちは男同士の大事な話してんだ」


 しっしっ、と浩介が手を払う素振りをすると、花恋は頬を膨らませた。


「ちょっと浩介ひどくなーい? 善くんどう思う?」

「え、ええと……」


 花恋にギュッと手を握られて、善はあたふたと視線を泳がせる。


「露骨にポイント稼ぎしてんじゃねー! てかお前やっぱ俺たちの話聞いてたろ!」

「あははっバレたー!」


 あっけらかんと笑って、花恋は手を離した。


 するとその背後から、「何の話?」「てかどういうメンツなわけ?」と華々しい見た目の男女がやってくる。花恋や浩介を含めて全部で七人。このクラスで中心的な存在を担っている、いわゆる陽キャグループだった。


「善に好きな子いるかって訊いてんの。このクラスみんな花恋のこと好きだから、恋バナしてもつまんなくってよ」

「可愛くてごめんっ」


 浩介の言葉に花恋がおどけてそう返すと、輪の中ではたちまち笑いが起こった。


(ひえぇ……よ、陽キャに囲まれた……)


 その中で一人、善は気が気ではなかった。


 善だって挨拶や当たり障りのない話をする程度のコミュ力は有しているが、いきなりこんな陽キャ軍団の中に放り込まれて上手く立ち回れる自信はない。

 それ以前に、そんな自信があったら未だにぼっちではないだろう。


「ていうか、このクラスみんなわたしのこと好きすぎだから」

「自分で言うかそれ」

「何よー。浩介だってわたしに振られたくせに」


 花恋にカウンターを返され、浩介はバツが悪そうに頭をかいた。


(あ……そうだったんだ……)


 その会話を聞いて善が意外そうな顔をしていると、


「ちなみに、こいつら三人ともわたしに告って振られてっから」


 花恋は解説するように、浩介を含めた男子三人を指さして言った。


「んなこと言ったって、このクラスでまだ花恋に告ってないやつなんて数えるくらいしかいないだろ」

「そーそー、全員この前の放課後で振られたもんな」

「あれすごかったよねー。クラスの男子で列になって順番に花恋に告ってくの」

「途中から他のクラスのやつまで来てたし」

「職人みたいに男捌いてたよな」


 そう言って、彼ら彼女らは楽しそうに笑い合っていた。


(そ、そんなイベントがあったのか……)


 訊くとクラスの男子ほぼ全員が参加していたらしく、数少ない未参加の善はどこか疎外感を覚える。近頃は放課後になったら速攻で部室に行っていたので、そんなこと知る由もなかったのだ。


「それで、水沢の本心はどうなんだ? お前くらいだぜ、まだ花恋のアプローチになびいてないの」


「浩介、自白の強要はやめときなー。それに善くんには大事な彼女さんがいるんだもんね?」

「え……? なな、何言ってるの毒島ぶすじまさ――」


 慌てて誤解を晴らそうとした善の頬を、花恋の細い指がギュッとつまんだ。

 そしてニッコニコの笑顔を湛えたまま、彼女は問うてくる。


「わたしのことは?」

「か、花恋さん……」

「グッド!」


 指を離して、花恋はウィンクしながらサムズアップしてきた。


(なんか調教されてる動物の気分だ……)


 って、それどころではなくて、


「か、花恋さん! さっき俺に彼女がいるとかなんとか言ってなかった⁉」

「え? 違うの? 善くん、この前駅のショッピングモールで女の子と楽しそうに買い物してたじゃん」


 きょとんとする彼女に、善は額を打った。


(水着買った時か……! まさか見られてたなんて……)


 確かにあの時は少々騒いでしまった。周りにいた客に注目されていても不思議ではない。

 と、花恋の証言に追従するように他の陽キャたちも声を上げた。


「そういえば、水沢が女子と一緒に帰ってるとこ見たって聞いたことあるな」

「あ、それ私も! 相手は誰? 同学年? それとも先輩?」

「気になるー⁉ 超聞きたいんだけど⁉」


 目を爛々と輝かせて問い詰めてくるクラスメイトたち。

 こうなったら話さないわけにもいかず、善は口を開いた。


「付き合ってるとかじゃないから。……相手は七組にいる佐藤翼って女子。俺の幼馴染なんだ」

「うわ幼馴染とかエモーい! なんかドラマみたいじゃん!」


 そう言う花恋を筆頭に、他の女子たちもはしゃいでいた。

 一方で男子たちはと言うと、


「佐藤翼……俺、あいつのこと嫌いだ……」

「トラウマが蘇るもんな」


 背の低い男子が、その名前を聞いて落ち込んでいた。

 よく見たら彼はこの間の模擬リレーで翼に抜かれていた男子――織田おだだった。


「あれマジ笑えたわー。調子こいてた織田がぶち抜かれんの。あ、そういう意味で言ったら俺も結構佐藤さんのこと好きかも」

「『俺も』って……俺、別に翼のこと好きとか言ってないぞ」


 適当なことを言う浩介に、善は訂正を入れる。


「えー、でもそんな関係なら絶対好きになるだろ」

「ならないよ。俺たちは昔からずっと友達なんだから」


「でも、男女の友情なんて成立しないぜ?」

「え……」


 浩介に真面目な顔で言われ、善はぽかんとしてしまう。


「だってそうだろ。どんなに綺麗事並べようが男と女がずっと親しくしてりゃ――なぁ?」

「やりてー! って思わないわけないわな」

「ああ、間違いない」


 浩介の言葉を、織田ともう一人の男子が継ぐ。

 対する女子たちは「男子サイテー」「そればっかりかよ」と非難の目を向けていた。


 そこから、彼らの話題は身近な恋愛の話に移った。特に口を挟めることもなかったので、善は黙って別のことを考える。


 ――男女の友情は成立しない。

 さっきから浩介のその言葉が、頭の中でグルグルと巡っていた。


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