第4話 ボーイッシュ幼馴染の隠されていた真実
その日の放課後もまた、
「五月でも結構品揃えあるもんだな」
「ねー。これだけあると何にしようか迷っちゃうな」
今日訪れたのは駅に併設された商業施設。
その中にある衣類売り場にて、翼は色とりどりの水着を物色していた。
『この後水着買いに行っていい? 夏合宿海だから、新しいの買っておきたいんだ』
まだ梅雨入りもしていないのに気の早いことだと思いながら、善は彼女の買い物に付き合うことになったというわけだ。
(俺、最後に海行ったの何年前だっけ……)
なんてことを考えつつ売り場をうろつくこと、数分後――
濃紺の水着を手に取った翼が、満足そうな顔をしてこちらにやってきた。
「これにしようと思うんだけど、どうかな?」
「お、もう決めたんだ。女子らしからぬ選択の早さだな」
思わず口に出すと、翼から「文句あんのか?」的な目を向けられる。
善は慌てて繕うように、
「いや、うちの姉たちは服選ぶってなったらバカみたいに時間かけるからさ。付き合わされる俺の気持ち考えてくれってくらい」
「くーちゃんとせっちゃん、オシャレだったもんね。確かに時間かけそう。二人とも元気してる?」
「ああ。元気すぎて困るくらい」
幼馴染である翼は、善の二人の姉とも親交があった。
善はまだ姉たちに翼と再会したことは告げていないが、そのうち会う機会はあるだろう。
と、姉の話をしたからか、翼は自分が選んだ水着を矯めつ眇めつ見て、
「パッと見の感覚で選んじゃったけど、うーん……なんかこの水着、良いのか悪いのかわかんなくなってきた」
「とりあえず試着してきたら?」
提案すると、翼は「その手があったか」とでもいうように目を見開いた。
店員を呼んでフィッティングルームに案内してもらい、翼はその中にいそいそと入っていく。と、カーテンを閉めかけたところで。
翼は顔だけひょこりと出し、蠱惑的な笑みを浮かべてこう言った。
「善、期待してていいよ。あたし脱いだらすごいから」
「え……」
言い返す間もなく、翼は個室に入ってしまった。
(ど、どどど、どういうことだ⁉)
あまりの衝撃に善の頭の中は混沌とする。
あの翼だぞ? ありえない。きっと思わせぶりな口ぶりで、自分をからかっているに違いない。
――だがしかし、である。
ボーイッシュな見た目の翼ではあるが、あれでも一応女子だ。着痩せという言葉も存在するし案外……。
いやいやいや、何考えているんだ。いくら着痩せだろうが、あの断崖絶壁から立派な胸が生えてくるなんてもはやイリュージョンの類だろう。
つまり考えられる結末は、
1、胸にボールを詰めて善をからかう
2、本人は『すごい』と言っているが、実際そこまで大したことない
のどちらかに絞られる。
(うーん、翼の性格的に1もなくはないけど……あまりその手のジョークは好きそうじゃないしな。ここは2番、ぺちゃぱいが脱いだら
勝手に脳内でクイズ大会を開き、ファイナルアンサーの宣言まで確定させる。
すると、ちょうどカーテンの向こうから、「善~、着替え終わったよ~」と翼の声が聞こえてくる。
(よし、鬼が出るか蛇が出るか……)
善は緊張した面持ちでスライドするカーテンを凝視した。
そして出てきたのは――
「どうかな? 似合ってる?」
「あ、あ……」
ドン! と効果音がしそうなくらい、大きな胸を携えた翼の姿だった。
『正解は〝3、本当に脱いだらすごい〟でしたー‼』
なんて司会の幻聴が聞こえるくらい、善は驚愕に目を見張った。
(デッッッカ‼ え、え、一体どういうカラクリだ⁉)
濃紺色をしたパレオの水着。トップスはビキニタイプで、翼のたっぷりと大きい胸を包むように支えている。深い谷間もできていて、『胸にボールを詰めている』なんて線も完全に消えた。
対して腰はスポーツ少女らしくキュッと引き締まっており、何ともメリハリの効いたスタイルだ。
「ねえ、善ったら。あたしの話聞いてた?」
「……ごめん。微塵も聞いてなかった」
「このやろっ」
げしっと足を蹴られる。その拍子に彼女の胸がぷるんと揺れて、善の視線は再び釘付けになる。
「あたし陸上やってるせいで足太いからさー、この腰に付いてる布で隠せないかなって思ってたんだけど」
「あ、ああ……パレオね。いいんじゃない? デザインは結構遊んでる感あるけど、色の主張は控えめだし」
「おお、なんかそう言われると良い気がしてきた」
翼はくるりと個室の奥に設置された鏡の方を向いて、いろいろな角度で自分の姿を見る。
そして再度こちらを振り向いて、
「で、どうよ?」
「ど、どうと言いますと……?」
またも小悪魔めいた表情で聞いてくる彼女に、善はたじろいでしまう。
「言ったじゃん。あたし、脱いだらすごいって」
「いやもうそれはもうびっくりしたというか俺もまさか翼がこんなすごいものをお持ちだなんて――」
しどろもどろになって答える善。顔が燃えるように熱い。翼の肩越しに鏡を見れば、耳まで真っ赤にした自分が映っている。
翼はふふんと得意げに鼻を鳴らして、
「そうでしょ、あたしもこれ、結構自慢なんだ」
「ふ、ふーん……」
善は顔を背けつつも、盗み見るように翼の胸に目をやる。
と、不意に翼が一歩近づいてきて、
「触らせてあげようか?」
「へぇっ⁉」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。店内にいた客や店員が、何事かと顔を向けてくる。翼もそれにはびっくりしたようで、
「わ、どうしたの善。そんな驚くようなことだった?」
「い、いやだってお前……さ、さ、触らせてくれるって……」
「うん? だからいいよって言ってるじゃん」
事もなげに言う翼に、善の頭は「ほ、本当に触っていいのだろうか……?」と再度パニックに陥ってしまう。
だが……いろいろ思うところはあるものの、ここで触らないという選択肢は男にとってありえないだろう。翼はいいと言っているし、自分としても何を失うわけじゃないし、触っておいた方が何かとお得だ。
そう思って、善は恐る恐る手を伸ばす。
「に、にしてもすごいな、これ……」
「そうっしょ。鍛えてるからね」
翼の言葉に、ぴく、と善の手が止まった。
(鍛えてる……? 胸ってトレーニングで大きくなるものなのか?)
湧き上がる疑問。確かに胸は揉んだら大きくなると聞く。だが果たして、それでここまでの成長に繋がるものなのだろうか?
善は探りを入れるように聞く。
「い、いや~柔らかそうだなぁ~」
「はぁ? どう見ても硬そうでしょ」
翼のその言葉で、善はある程度真相がつかめた。
そして呆けたような口調で聞く。
「つ、翼さぁ……自分の身体で自慢できる部位っていったら、どこ?」
「そんなの、この腹筋に決まってるでしょ。さっきから言ってんじゃん」
言って、翼は両手で自分の腹を撫でる。
そう、翼が言っていたのは、大きな胸の下に入った六つの筋――薄っすらと割れた腹筋のことだったのだ。
「あ、ああ……! そそそ、そうだよな! 本当に、ご立派なことで……」
呟きつつも、善は激しい失望感とこの上ない安堵感に頭がおかしくなりそうになっていた。
(あっっっぶね‼ 危うく翼の胸鷲掴みにするところだった‼)
「やっぱ腹筋割れてるとアスリートって感じするよね」
「そ、そうだな……」
言いつつ、善は先ほどの躊躇はどこへやら、ぴとっ、と翼の腹部に手を当てた。
「確かに硬いな……うむ、良く鍛えられておる」
「なんで師匠キャラ風なの……ま、あたしの頑張りを認めてくれるならいいけど」
翼の腹筋も十分に堪能した(?)のち、翼は再びカーテンを閉めて、ようやく制服姿に着替えた。水着はやはり気に入ったようで、カウンターに持っていき清算を終える。
「よし、買い物終わり。せっかくここまで来たんだし、下のフードコートで軽く食べて行かない?」
「あ、ああ……」
頷きながら、善は制服に身を包んだ翼の胸を凝視する。制服のブラウスの下にあるのは、見慣れた断崖絶壁だ。
「なあ翼。さっき水着の時、む、胸とかも大きくなってた気がするんだけど……」
訊くと、翼は「ああ、それ?」と小首を傾げた。
「あたし動きにくいの嫌でさ。あの大きい胸も邪魔だから、普段はサラシ巻いてるの」
「なるほど……」
イリュージョンの種明かしをされ、善は納得して頷く。
(しかし、サラシか……)
今後、翼と会うたびに良からぬ感情を抱いてしまいそうで、善は密かにため息をついた。
*
その日の夜。
善は自室のベッドにて、悶々と考え事をしていた。
「ぐああぁぁぁ! 落ち着け俺! 幼馴染でそういうことをするなんて最低だ!」
顔を覆っても、瞼の裏に焼き付いている水着姿の翼が浮かんでくる。
翼は幼馴染だ。子供の頃から遊び、性別の垣根を越えて親しくしてきた友人……のはず。
だが今日の一件以降、善はどうもあのボーイッシュな幼馴染のことを、「女子」だと認識してしまうようになっていた。
いけないことだとはわかっていても妄想が止まらない。
善は――自分が「男」という愚かな生き物に生まれてきたことを後悔しかけていた。
「ぐぬぬ……俺は一体どうしたら……!」
善は胸の内で暴れまわる欲望を必死で押さえつける。
一度ひと思いに発散しておいた方がいいか。だが相手はあの翼……一度でも使ってしまったら、今度顔を合わせた時どんな風に接したらいいかわからなくなりそうだ。
「かくなるうえは……」
善は何とか理性を保ちつつ、机の上のノートパソコンを起動する。
翼を想像して自分を慰めることに抵抗を覚えるのであれば、せめてネットで翼に似た女性を探すほかない。
そう思って、善は広大なるネットの海へとダイブした。
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