第23話 約束

「そんなん」


 私も彼女を真っすぐ見つめ、


「そんなん決まっとる」


 歩み寄り手を取った。


「嬉しい」


 いつもより落ち着いた声のトーンでも、海咲が喜んどるのがわかる。


「明日」


「うん」


 海咲は手にぎゅっと力を込めた。


 細くて綺麗な手。


「日が昇る前にここに来て。その時間なら誰もいないから」


「わかった」


「約束ね」


「おん、約束」


 彼女の方から手を離し、海へ歩いていく。


 波打ち際。


 振り返り、


「また明日ね」


「うん、明日」


 あれ?


 いつもやったら海咲が「バイバイ!」って元気よく手を振って海に戻っていくのに。


 私の顔を見たまんま動かへん。


「海咲?」


「……ちゃんとおばあちゃんにお別れしてきてね」


「ん? うん」


 言われんでもそのつもりやけど。


 深刻なトーンで言われたら不安になるわ。


「あのね」


「おん」


「私の他の人魚がね」


「おん」


 いちいち言葉を区切る。


 ホンマにどないしたんや。


 私が人魚になることを、さっきまで喜んどったのに。


「周りの人にお別れをしなかったり、やり残したことがある人間を連れてきたの」


「あー……」


 わかった。


 海咲がなにを心配しとるんか。


「それでね」


 口を挟まん方がええな。


 不安を吐き出してしまえばええ。


「人魚になったその人間は」


「おん」


 一瞬俯いた海咲はすぐに顔を上げ、


「自殺しちゃったの」


 悲しそうに笑った。


 そんな顔せんとってや。


 私も悲しなるやん。


 辛くなるやん。


 海咲は笑顔が一番似合うねん。


 もしかして、その死んだヤツと関わったことがあったんやろうか。


 あったんやろうな。


 言い伝えやったら泣きそうな顔せーへんやろ。


 あーあ。


 どないしよ。


 そいつと仲がよかったら。


 死んだ相手に嫉妬したってしゃーないやん。


 はぁ。


「だから」


 海咲は、


「ちゃんとお別れしてきてね」


 無理矢理笑った。


 ホンマにもうこの子は。


「え」


 駆け寄り抱きしめた。


「私は大丈夫や。神に誓ってもええ。絶対に、ぜーったいに大丈夫や。ずっと海咲の傍におる」


 彼女の背に回した腕に力を込めた。


「うん、信じてるからね」


「おん」


 このまま一つに溶けてしまえたらどんなにええやろ……いや、それは嫌やな。


 私は海咲が自由に泳ぎ続ける姿を、これからもずっと見守っときたいんやもん。

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