第9話 名付け

「ねえねえ」


「今度はなんや」


「名前つけて!」


「は?」


 意味がわからん。


 どういうことや。


「人間のときの名前がほしいの」


「人魚のときはなんて呼ばれてるん」


「それは秘密」


 人差し指を口に当てて笑う少女。


 内緒なんかーい。


 あと、さっきから仕草が人間っぽいな。


 そういうの『あざとい』って言うんやで。


「お願いっ」


 両手を合わせて頭を下げられた。


 ますます人間っぽい。


 仕方ない。


 断る理由が見当たらない。


「えーっと……じゃあ、夏海なつみは?」


「どんな字?」


「夏に海」


 夏の海で出会ったから、夏海。


 安直すぎるやろ。


「夏は海に沢山の人が来るから嫌い」


「えー」


 我が儘やな。


 せやったら、


「じゃあ……海咲みさきは。海に咲くって書いて」


「咲く?」


「うん。海に花は咲かへんけど、アンタはなんて言うか……可憐で綺麗やから」


「うん! それがいい!」


 言葉の意味を理解できているか微妙なとこやけど、彼女が気に入ったんならそれでいい。


「それで、貴女の名前は?」


 忘れとった。


 名前言うてへんかったわ。


「さくら」


「桜って春に咲くやつだよね」


「そう。よく知ってんね」


「私より長生きしている人が教えてくれるの」


「ほーん」


 ちょっと興味出てきた。


 海の中の世界ってどうなってるんやろ。


 学校ってあるんやろか。


「因みに、字って読めるん」


「人魚の字ならね。人間の文字はダメ」


「そうなんや」


 教えといた方がええと思うけどな。


 字とか人間界の危険なこととか。


 人魚……海咲みたいに純粋な子のために。


 厄介事に自ら巻き込まれてしまいそうや。


「ねえ」


「なに」


 今度はなんや。


 人間の文字を教えてとかいう訳じゃないよな。


 今からは勘弁。


 そろそろ帰りたい。


「私が人魚だってこと、他の人には言わないで」


「言わへんよ」


 他人に言うても信じてもらわれへん、って言うたのはそっちやん。


「ありがとう、さくちゃん」


「さくちゃん?」


「うん、さくらちゃんだと距離があるから嫌」


 我が儘なお姫様やなあ。


 いや、例えるなら天使か。


 そっちの方がぴったりや。


「私の方も『ちゃん』づけしないでね」


「わかったわ……海咲みさき


「ふふっ、ありがとう」


 やっぱり例えは大正解。


 見たことないし知らんけど。


「じゃあお礼に、見せてあげる」


「なにを」


「見たらわかるよ」


 彼女は立ち上がり、テトラポットを降りていく。


「また明日ね!」


「おっ、おん」


 また会えるのか。


 なんかようわからんけど嬉しいわ。


「バイバイ」


 彼女は手を振り、勢いよく海に飛び込んだ。


「いきなりすぎるやろ」


 じっと水面を見ていると、


「あっ」


 見た。


 たしかに見た。


 アニメとか本とかでしか見たことがない、人魚の綺麗なヒレが。


 絶対に見間違いじゃない。


 懐中電灯で照らしていたし。


「ホンマに人魚やったんか……」


 あまりの衝撃にその場から動けず、ぼーっと海を見つめたまま突っ立ってしまった。

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