第53話

二月十四日


なんで。なんでこんな急に。


朝から震えが起きている。一定の時間をおいて勝手に身体が震え出す。


感動で震えるのは嬉しいけれど病気で震えるのは衝撃的だ。


この寒い時期を乗り越えれば、もう春がやってくるというのに。


春。そこまで生きられる? 私、本当に死ぬんだな。退院した当初は本当に死ぬのかと思っていたけれど、ここまで来るとじわじわと実感が増してくる。


苦しくても笑顔で。笑う門には福来るだ。


両親に挨拶をして、朝父にチョコをあげる。


すると父は子供のように喜んで早速半分ほど食べて出かけていった。身体から一気になにかが失われつつあるようで、神社には行けそうにない。


コンテストのことは、昨日の夜、家族団らんの場を設けて話している。


最近は本当に両親とよく話すようになったし、母からも苛々している様子が完全になくなっていた。


母は震えを見て今日出かけることを散々止めた。でも頑なに譲らずにいると母は折れた。 


「あんた、今日はなにを着ていくの」

「え。いつものセーターにズボンじゃだめ?」

「お祝いなんだからいい服着ていきなさいよ。お洒落ができるチャンスが来たらするものよ」


そういうものだろうか。お洒落なんて文化祭の時以来か。五年ほど前に買った服ばかりを着ている。まあ、お洒落も女性でいられることの醍醐味か。


前向きに考えて私はほとんど開けていないクローゼットの扉を開いた。


買ったまま着ていない服が随分とある。


お正月は赤を着たから、今回は青系にしようか。うん、でも青だとお祝いっぽくないかな。


白に金の刺繍の入ったワンピースを選ぶ。冬用の分厚いシンプルなワンピースだが、温かくて着やすいのだ。三十二、三の時にお出かけ用の服として買っておいた。


これに黒タイツ、化粧とネックレスをすれば、それなりに見られるだろう。


決めると昼食を食べて薬を飲んでから、四時過ぎまで眠る。


自分の息がどことなくか細くなってきているのもわかるし、内臓疾患特有の口臭を出していないか不安だ。


午後四時になると、身体のだるさを振り払いワンピースを着てタブレットとガムをかんで、歯を念入りに磨きゴールドのネックレスをつける。靴は黒い革のブーツ。


「なにかあったらすぐに連絡するんだよ。本当に行ける?」


出て行くとき、母はものすごく心配そうにそう言った。


「大丈夫、ありがとう」


昨日のように杖をつき、バスに乗ってエスリアショッピングモールの五階へ行く。


ショルダーバッグも杖をついているとかさばるから最近はリュックでの移動だ。


千歳は既に来ていた。空君はまだのようだ。


眠ったせいか震えはありがたいことに落ち着いている。流石に二人に見せたくない。


先に店に入って待っていると、空君は二十分遅れて制服姿でやって来た。


「ごめんなさい遅刻しました」


真面目な顔でお辞儀をする。


「遅刻の理由は」


千歳が訊ねる。


「学校でもコンテストを受賞したことが話題になって。校長がわざわざ五時限目が終わったあとに全校生徒を集めて表彰してくれたんです。それで遅くなってしまって」

「そういうことなら大歓迎。よかったわね。空君、おめでとう!」


私もおめでとうと言って、メニューを見せた。


「食べたいの食べていいからね。なんでもご馳走するから。遠慮しないで」


人におめでとうと言うのは友達の結婚以来だ。あの時のおめでとうはメールで伝えただけ。やっと人に、面と向かって心から笑っておめでとうと言えた。本当によかった。


空君はとても嬉しそうにしているし、千歳も柔らかな笑顔で笑っている。世界って、こんなに嬉しいことだらけで溢れていたんだ。



空君が長々としたメニュー名が並んでいてよくわからないからこれで、とやって来た店員に適当に指さす。


夜だからもうコース料理になっている。コース料理を食べるのも久しぶりかもしれない。私と千歳も空君と同じものを頼むことにした。



早速前菜が運ばれてくる。


「あ。俺こういうディナーのマナーってわからない」

「じゃあ、今学びましょう。これから必要になってくるから」


千歳がひととおり説明をしている。どれだけ親は放任主義なのか。


私のワイングラスには水が、空君のグラスにはオレンジジュースが注がれる。お酒ももうNGだが、空君はまだ飲めないから水でいい。千歳も遠慮したのかジュースにしている。


「授賞式はいつ? 一般の人も参加できるの? 五月に展示会があるんだってね」


私が言うと、空君は大きく頷いた。


「授賞式は三月の終わりです。呼びたい人を呼んでいいそうですよ」


ああ、行けるか行けないか。


「電話、いつ来たの」


千歳が訊ねる。


「二週間くらい前に候補に挙がっているみたいな電話は来ていたんですけどどうせ無理だろって放置していて。それで昨日昼間に同じ番号から電話があって。授業中だったからとれなかったんですよ。あとで部活の先輩から知らされて、サイトを見たら俺と神戸の名前が乗っていたのでビックリして。真っ先にお二人に連絡しました。電話を折り返したのは昨日の夕方です」

「よかったね、ほんと」


言うと突然、身体の震えがやってきた。


ああ、きちゃった。


二人ははっとした様子で私を見る。

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