第50話

茶封筒に入った写真を胸に抱えたまま家に帰ると、私は母と、会社から帰ってきた父と午後九時過ぎに、三人でこれまでに起きた奇跡を写真を見せつつ話した。


両親ともにここへ来てようやく私の話に聞く耳を持ってくれるようになった。


病気のおかげで、私の中にあったプレッシャーが解放されているような気がする。


うつが再発する心配も、仕事を探さなきゃいけない重圧もなくなったし、母がなるべく苛々を見せないようにしているせいもあるだろう。


両親は笑うことも増えた。内心では複雑な感情があるにせよ、なんとか暗くならないように努力しているのだろうと思う。


午後九時に毎日お茶を飲んで家族三人で話をしている。穏やかな家庭。平和なひとときに、私の中にいる萎縮していたインナーチャイルドも、ほっと一息ついている。


小さいときからこんな家庭であって欲しかった。


三人と出会ってからの経緯を必死に話していると、両親は驚いていた。


母はなぜ高校生の男の子などと知り合いだったのか、変な関係を持っているのではないかと内心では疑っていたそうだ。


「やだな、現役の高校生と私がどうにかなるわけないじゃん。なに考えているんだか」


Cycleのことも話す。二人ともやはり、その喫茶店の存在は知らなかったらしい。


「その喫茶店で私の写真を飾ってくれるの。行けばいつでも私の写真があるよ、多分」


「喫茶店なんか滅多に行かないからなぁ。なら今度行ってみようか」


父が母に言う。


「いや、そんなことより先にお礼に行かなくちゃ」


母は既に、あれこれ気を回してお礼状のことでも考えているようだ。


父は写真を色々と眺めている。


「亜紀、本当に綺麗だな」


初詣の時の写真を指さし、そして真顔で続ける。


「お前が長いこと心を患っていたのは知っていた。だが心を治す方法ってわからなくて、俺もどうにもできなかった。どう接すればいいのかわからなかった。ごめんな、亜紀」


父が思いがけず謝罪する。頭を下げる。


「お父さんが頭を下げることなんてないよ。でも、本当にうつ、よくなった」

「よくなったと言って会社勤めを始めていたときも、通勤していたときも、まだちょっと雰囲気が暗くて独特で近寄りがたかったぞ」


会社勤めの時も、やはり完全には回復しておらず擦り切れていた部分はあったのだ。

そうしたことに会社の人たちも気づいていたのかいないのかわからなかったけれど、今から思えばみんないい人たちだった。


「そうだったんだ。今はどう」

「今は平気だ。そこだけは俺も安心している」

「写真でも変化がわかるよね」


私は二人にお気に入りの写真を見せる。


両親ともに、写真を見ながら明るく喋っているもののどこか暗さも混じっている。


それでも私の寿命も病気もなんとか受け入れようとしている。


この二人も、私を看取ってくれるのだろうか。ふと思い、私は一生のお願いを切り出した。


千歳に看取りをお願いしたから、危篤状態になったときに連絡を入れて欲しいと千歳のアドレスと電話番号を書いたメモを両親に渡した。両親は口を揃えて反対をした。


そりゃそうだ。いくら友人とはいえ、通常ならあり得ない、非常識なことを私はお願いしているのかもしれないのだから。でも、これ以上はもうなにも望まない。最後なのだ。最後だからこそ、私は両親に時間をかけて説得した。


両親は時々怒りつつも、最終的には渋々メモを受け取る。


そうしてまた、二人を泣かせてしまった。


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