第49話

文化祭の写真部で撮った写真と、初詣の時の写真。


誕生日のときこの喫茶店で撮ったものにも、海も紅葉の写真も三人でそろっているものがある。


千歳でもなく空君でもなく偶然出会った人が好意で撮ってくれた写真。


あの人達にも毎日笑顔になれるような幸せが訪れたらいい。


どれがいいだろう。全部飾って貰うのは少し悪い気がした。


「では、三人で映っているのと、亜紀さん一人で映っているのはどうでしょうか」


一番に誕生日の時の写真と、文化祭の神戸さんも写っている写真を選んだ。


「この二枚は譲れない。みんなが映っているから」

「じゃあ、これは決まり。あとは・・・・・・俺は着物姿のやつがいいな」

「海と紅葉の写真もいいなぁ。迷っちゃう」

「じゃあ全部飾りますか」

「全部? 悪いよ」

「ちゃんとお客様にも見て頂けるように配置とか考えて飾りますから。風景の写真も混ぜて」


喫茶店の中に飾る大体の構成は考えているのだろう。


「そうなんだ。ちょっとした個展になりそう」

「楽しみにして頂けるとありがたいです」

「うん」 


文化祭の時の写真を眺める。バンド、楽しかったな。お化け屋敷も。


見られてよかった。海も心が浄化されたし、新宿御苑の紅葉も東京とは思えないほど空気が澄んでいたし。


お弁当、二人のために作ることができてよかった。それから初詣の写真。あの時は迷惑をかけた。結局、文化祭、海、紅葉、誕生日、初詣と全部三人で写っている写真を選んだ。すると、残りの写真を千歳と空君が茶封筒に入れて私に差し出す。


「え」

「全部あげるわ。現像はいくらでもできるし」


私はゆっくりと受け取る。胸が震える。その震えが全身に伝わる。


「どうしたの? 大丈夫」


千歳は心配そうに私の背中を撫でる。


「大丈夫。こんなにたくさんの気持ちや思い出を貰って、嬉しくて震えているの。心がね、どんどん透明になっていくんだ」


勝手に前世を占った占い師の言葉をふと思い出す。


死んだらなにも持って行けない、は絶対に嘘。


あんな人の言葉、もう信じなくていいのだけれど、やはり心の片隅にまだ残っていた。


たくさんの人から貰った気持ちや思い出や光は、絶対にあの世に持って行ける。


心にあるかけがえのないものは持っていけるのだ。誰にも持って行けないなんて言わせない。


私は折り入って、という風に空君に向き直った。


「空君に、私の最後の我儘を言っていいかな」


なんですか、と言いたそうに眉を上げる。


「先月撮ったばかりだけれど、もう一回ポラロイドで写真を撮って。私、絶対あの時より更に変わっている」


「わかりました」



空君はのれんの奥の階段を上っていくと、すぐにカメラを持っておりてきた。


渾身の笑顔を作り写真を撮って貰う。映像が出てくると、二人は声をあげ目を細めた。


写真は再び変化していた。


しかしこれには私もびっくりした。映し出されたものは、金一色。光は写真からも飛び出て、いくつかの筋を作っていた。光の筋は、空君や千歳の頬に当たっている。


「こんなの初めてだ・・・・・・写真から光が飛び出てくるなんて」

「本当ね。すごく・・・・・・神々しい」


このような光の中へ入っていけるのかな。心は本当に穏やかだ。


苦しむことに少しばかりの恐怖はあるけれど、ちょっと我慢すればいいだけ。死ぬこと自体は怖くない。


まだ、魔法は溶けないで欲しい。奇跡はまた起きて欲しい。病気が治る奇跡じゃなくて、みんなで楽しめる奇跡。欲は尽きない。


私は千歳をじっと見つめた。千歳はなに、といいたそうにこちらを見ている。

これから千歳に残酷なことを言う。


余命を宣告された日から散々迷ってどうしようかとずっと思って来たことだけれど、ここで覚悟を決めた。


「千歳にも最後の我儘があるの。聞いて貰えるかな」


「どんな我儘?」


千歳はいつかのような大船で包み込むような声で訊ねる。


私は真っ直ぐに千歳の澄んだ目を見て、手を取りそしてゆっくりと口を開いた。


「どうかお願い。私を看取って欲しい」


笑顔が消えて、今までに見たことのない表情をする。真顔で深刻で、目が徐々に赤くなっていく。


「どうして」

「千歳の笑顔に何度も救われてきたの。千歳の声にも、言動にも仕草にも。本当にこんな役をお願いしてごめんね。でも、死ぬときに千歳の声を聞けば、私はその瞬間まで幸せでいられる」


死に際を見せるなんて、看取ってくれだなんて本当に酷いと思う。


「うん。なら仕事中でも放り出して飛んでいく。それが亜紀ちゃんの望みならそうする」

「私、死ぬ直前に絶対ありがとうって言って死ぬから」


千歳から小さく鼻をすする音が聞こえた。涙は出ていないけれど半分泣いている。


「泣かせてごめんね・・・・・・」

「ううん。私の声が幸せといってくれるのなら、それは最高の褒め言葉よ」

「千歳や空君、トシさんが絶対に幸せになれるように、私あの世でフレーフレーって応援するよ。困ったことがあったらなんらかの合図を出して助けるよ」

「困ったな。それじゃ、悪いことなんてなにもできない」


空君も少し目を赤くして言う。


「悪いことなんてする子じゃないじゃん。大丈夫。受験の時、合格と不合格の書類を入れる場所があったら、ささっと合格のほうに入れてあげる」

「天国から悪いことしないで下さいよ」

「空君、きっと立派な大学生になれるよ」

「はい。なります」


みんな、泣きながら笑っている。トシさんも。


泣かせてごめん。私は内心で、再び心の底から謝る。でも、こんなみんなが泣く時間ももう終わるから。そのあとは笑顔で過ごせるから。


だからきっと、大丈夫。

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