第47話
一月十四日
今日も晴れていた。
午後六時半になって、Cycleへ行く。写真の鑑賞会だ。CLOSEにしてあるドアを開けると、既に千歳と空君が話をしていた。ここはいつも明るく、温かい。
「いらっしゃい」
トシさんが笑顔で迎える。私はコートを脱ぐ。
「今日はコーヒーの香りじゃなくてなんかとても美味しそうな食べ物の匂いがする」
「お腹空くかなと思ったので。料理作りました」
空君がカウンターの奥へ行き準備をしている。
「空君、作れるんだ。なにを作ったの」
「料理、実は得意なんですよ。朝は寝起きでかったるいので弁当は作らないんですけど、親がいつもいないから、自然と料理は覚えちゃいました。食事は俺とおじいちゃんの交代制で作っています。今日はビーフシチュー」
「空君もトシさんも、とってもお料理上手なのよ」
どうやら千歳もご馳走になることがあるらしい。空君のご両親は、新学期が始まった直後にまた海外に飛んでしまったという。放蕩息子ならぬ放蕩両親だと空君は笑った。
「適当に座って先に食べて下さい。今用意します」
私と千歳は向かい合う形で座って、料理を待った。
空君は青いエプロン姿で、ビーフシチューとサラダを盛ったお盆を持ちテーブルへ置く。
「生クリーム入りビーフシチューとサラダです」
本当に美味しそうだ。頂きますと言って、一口食べる。
「美味しい。とても美味しいよ・・・・・・」
薄い牛肉が口の中で溶ける。生クリームとシチューが絡み合って、するすると喉を通る。味覚にも色彩を取り戻してくれたのは、やっぱりここにいるかけがえのない人たちのおかげ。
「そう言って頂けると嬉しいです」
空君はカウンターへ戻りトシさんと食べている。
「もう、空君の手料理もメニューに出しちゃえば? ここ、軽食はサンドイッチしかないし」
千歳が言った。喫茶店ではクラッシックのBGMが流れている。
「いや、お客さんに出せる自信まではありませんよ」
「もったいないなぁ。トシさんはここに料理を出そうとは考えていないのですか」
食べたものが逆流しそうになるので私は胃の辺りをおさえ必死で隠しこらえて言葉を紡ぐ。
「あくまでコーヒーで笑顔になって貰いたいというのが私の信念だよ」
そうか。みんななにかで笑顔になって貰いたいと考えているんだ。トシさんならコーヒー、千歳は言動、空君は写真。
じゃあ私は。私は誰を笑顔にできるのだろう。これまで誰を笑顔にしてきただろう。
誰も、笑顔にしてこられなかった。死にたいとばかり思ってきたから負のオーラを振りまいて、近くにいた色々な人たちに邪気を浴びせては不幸にしてきたのかもしれない。
私は特技といえるものをなにも持っていない。死ぬまでに一人ぐらいは笑顔にできるかな。
数口程度しか食べられなかった。それ以上食べると戻しそうになったので、スプーンを置く。胃にまで転移しているのだから仕方がない。
「ごめん、残しちゃった」
申し訳ない。
「ああ、構いませんよ」
空君は察してくれたのか、私のところにやって来て食器を下げる。
みんなが食べ終えたあとトシさんが片付けに入り、私たちは現像した写真の鑑賞会を行う。
ひとつのボックス席に集まって、千歳と空君は茶封筒の中に入れていた写真を並べ始めた。
切り取られた思い出の数々が姿を現していく。
「こうしてみると結構撮っていたんだなって思うわね。特に空君」
千歳は慈しむように写真を眺めている。
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