第46話
処方された薬を飲むと、自室に行って箪笥を背もたれにして床に座り、窓の景色を眺めた。
綺麗に片づけきった部屋は、なにもなくてかえってもの寂しくなった。
横たわってしまうのはもったいない。そんな気もして、向かいのマンションに反射している日の光を見つめる。見られることができるうちに全てを目に焼き付けておこう。
子供の頃もこうしていた。今生きているこの瞬間、瞬間だけが楽しくて夢と希望ばかりが膨らんでいた。
将来はなにになりたいとか、両親が年老いていくといったことも、まるで考えていなかった。
まだ向かいにマンションが建てられていなかったから家に燦々と日が当たって日が沈んでいく様子を飽きることなく眺めていた。
あ、そうだ。私、職を探さなくていいんだ。それは少し気楽かも。
不思議だな。三十六なら就職するのにも結婚するのにも若くないと言われるのに、死ぬとまだ若いのにってなる。でもその矛盾すら愛おしい。
空君が高校を卒業する姿や大学生になる姿は見られない。
来年の城宮高校の文化祭も紅葉も、旅行も、海も、お祭りにも行けない。
たった一人のこの世のどこかにいるかもしれなかった旦那さん候補とももう出会えない。
身体の病気になったせいでこの短期間でどんどん私の中にともされたろうそくの灯りが消えていく。夢は閉ざされていく。なら別の灯りをともそう。
生きている間にこの目で見られる風景はなんだろう。この目で見られる奇跡はなんだろう。
私は部屋を見回す。人工的な星。枯れ木。神社。何気ない路地。Cycle。太陽。青い空。
ひとつひとつ考えてみる。
どこかへなにを見に出かけられるだろうか。
桜。桜はどうだろう。
三月下旬頃から四月にかけて桜は咲く。今年はいつくらいに開花する?
パソコンで調べてみたが、まだどこも予測が立てられていない。
今年咲く桜は綺麗なピンクか白っぽい花びらか。
「一月じゃ無理か・・・・・・」
目安として三ヶ月生きられるなら、桜は見られるかもしれない。
おじいちゃんも余命を宣告されたあと長く生きたことだし、私も私の生命力を信じてあげよう。
だから、桜を見られるほうに賭ける。
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