第43話

多分、本当に占い結果から私の病気のことを考えて紅葉を見に行くのを無理したわけではないのだろう。


だが、それは意識の上での話だ。空君の言うとおり、もしかしたら無意識下で察して急いでくれたのかもしれない。


だって千歳の占いにはきっと、私に来年がないと出ていたはずだから。


来年がないとまでは出ていなくても、重大な病気にかかると読めたはずだ。


それを千歳自身が認めても認めていなくても、無意識が千歳を突き動かした可能性は十分にあり得る。


天気予報は外れて、あの日以降は曇りだったけれど雨は降らなかった。


千歳の性格なら無意識に急いだと考えてもおかしくない。


「ありがとう。千歳。多分、空君の言うとおりなんだと思う」

「そんなことは・・・・・・」

「私さ、死ぬっていう実感が全くないんだ。でももし死ぬんだとしたら、お別れが来てバラバラになっちゃうね」


千歳との友人関係も空君やトシさんとの交流も終わってしまう。友達っていつまで友達でいられるのだろうと思ったのはいつだったっけ。こんな形で終わるとは思ってもみなかった。


「お別れなんか来ない」


強い声が聞こえて、彼女を見る。


千歳は私のほうを向くと、温かい手で私の手を優しく握り、自分の胸元に押し当てる。


「亜紀ちゃんがいなくなっても、ずっと私のここにいる。ここに、一番星のように光っていつまでも輝き続けるの。だからお別れなんてこないんだよ」


胸に温かいものがこみ上げてくる。


神様、どうもありがとう。


大事なものをたくさんもらえた私は果報者です。人並みの人生を送れずに命は閉ざされていくけれど、たくさんのものを手に入れることができました。本当にありがとうございます。


「一番星なんだ」

「そう。一番星」

「人が死んだらお星様になるっていうのも、案外嘘じゃないのかもしれないね。どうもありがとう」

「もう何度聞いたかな。亜紀ちゃんのありがとう。数え切れなくなっちゃった」


私は何度言えたかな。千歳や空君、トシさんや親へのありがとうを。


千歳は私の友人だ。かけがえのない大切な人だ。だからサヨナラの時までありがとうを何度でも言おう。そのときまでずっと笑顔でいられるように心がけよう。


一時間ほど話をして、千歳と別れて空君とも喫茶店の前で手を振った。


二人がいなくなると、急に足元から不安が押し寄せてきた。


病気による影響が、いつ、どんな風に、どんな形で現れてくるのか。一人でいたら倒れはしないか。わからずに足が震える。


道ばたで両頬を二度叩くと、その足で銀行の窓口へ行くと預金を全部下ろして封筒に入れた。窓口の女性と話すだけでも気が紛れた。


貯金は四百万強ある。五年で貯めたのだ。二年間の一人暮らしの出費額には全然足りないかもしれないけれど、これで返せる。


もう貯金にも使い道などないのだから。それに死んだら口座が止められてお金を引き出せなくなる。


家に帰ると、リビングの椅子に座ってぼんやりしている母にお茶を淹れたあと、分厚い銀行の封筒を渡した。


家にはやはり日は当たらない。気が滅入りそうになるけれど、私は笑顔で母に言った。


「これ。私が今まで貯金していたお金。一人暮らしをさせて貰っていたときのお金として返すね。全額じゃなくてごめん。でもこの前の入院で医療保険はおりるだろうし、死亡保険もおりるから。葬式は安いのでいいよ。死亡保険がおりたらお父さんと旅行でも行ってきてね」


母はゆっくりと封筒を眺めていた。そうしてお茶を一口飲み、ぽつりと言った。


「お金なんかじゃないんだよ・・・・・・そんなんで親孝行をしているつもりかい」

 


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