第42話
一月十日
翌朝もいつも通りに七時に起きた。本当に、いつも通りだ。
父は仕事へ行き、母は無言で食事を作り、私は出されたものをありがたく食べる。
命を犠牲にしながら残りの人生を生きるために食べる。
鏡を見てもがんだとは思えないほど血色がいい。きっと病院で栄養バランスの整った食事を摂っていたからだろう。熱もないし、もう普通に動ける。どこも痛くない。
私、本当に死ぬんだろうかと思いながら花守神社へ行った。
人はもう全然おらず、お正月前と同じ静けさを取り戻している。
千歳と、空君もなぜか来ていた。
「あれ。学校は」
もう新学期は始まっている頃だろう。空君は気まずそうな笑顔を浮かべる。
「なんとなく、ズル休みをしてしまいました」
「いいの、優等生」
「俺もたまには休みたいときだってあります。これまで皆勤でしたから」
「皆勤賞とらなくていいの」
「皆勤賞よりも写真が撮りたいですよ」
空君は笑った。なんとなくから元気にも見える。きっと、気を遣って来てくれたのだろう。
私は社殿の前に立ち、お賽銭を入れてご挨拶をした。
これまで健康に生かしてくれてどうもありがとうございます。言うのが遅すぎました、と。
そうしていつものご神木で造られたベンチに、空君と千歳に挟まれるように座った。
「二人に囲まれているから暖かい」
今日も日が照っている。
寒さは厳しいけれど、千歳が持ってきてくれたほうじ茶の温かさで耐えられる。
「体調はどう」
「すこぶるいいよ。本当に病気なのが嘘みたい」
「ならいいのだけれど・・・・・・」
そういう千歳の声には、少し影が差していた。私はふと気になって訊ねてみる。
「千歳の占いってどのくらい当たるの」
「かなりの確率で当たります」
空君が間髪を入れずそう言った。
「俺、よく見て貰っていますが、大抵当たりますよ。それに千歳さんがメール鑑定をしているサイトがあるんですけど、その掲示板の書き込みにも、よく当たると書いてあります」
「そうなんだ」
「外れることもあるわよ。そして、外れたほうがいいことだってある」
変な沈黙が流れた。
多分私の病気のことを言っているのだろう。あるいは、占い結果で本当に深刻な病気だったという人を何人か見てきたのかもしれない。
千歳に「私の分まで生きて」と言うのは酷だろう。だってもう、彼女は小春ちゃんの分まで一生懸命生きているのだから。
「今度みんなで、うちの喫茶店でこれまで撮った写真を見てみませんか」
空君が沈黙を破り無理に明るく言う。
「あ、それいいね。現像するって聞いたまま、まだ一枚も見ていないよ」
「私もデジカメに撮ったやつ、まだ現像していないからしなくちゃ。みんなで持ちあって見てみましょうよ」
「私はスマホでしか撮らなかったからなぁ」
こんなことなら、デジカメを買ってもっと撮っておけばよかったか。
「大丈夫。私も空君もいっぱい撮ったから。一緒に見ようね。いつにしようか」
「十四日の月曜はどうです? 店をクローズしたあとにでも。成人の日で休みです」
「じゃあ、それまでに現像しておく。亜紀ちゃんは予定大丈夫」
「予定、もうないよ」
言うとまた妙な沈黙が流れた。私は慌てた。
「変な気、遣わなくていいからね」
「遣っているつもりはないのだけれど・・・・・・私自身、うろたえているのかもしれないわね」
「知っていたのに?」
「星を読むのと実際に病気を聞かされるのは別物よ。たとえて言うなら、テレビで見る戦場と実際に現地で見る戦場みたいなものよ。テレビと現地じゃ衝撃度もなにもかも、まるで違うでしょう。それに占いで読むことができても病気を治せるわけじゃない」
千歳は白い息を吐いて、空を見上げる。
「千歳さん。もしかして、占いで亜紀さんのこと知っていたから体調が悪くても新宿御苑に行ったんじゃないですか」
空君はまじまじと千歳を見つめる。
「そういうつもりじゃなかった。本当に予報では雨だったから」
「でも予報、外れましたよね。どこかで無自覚にそうしたような気も、今ならするんです」
「・・・・・・・・・・・・」
千歳はなにも言わない。
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