第40話

一月九日


さほど症状に変化もなく、完全に平熱になって退院することになった。


家に帰るとスマホが充電切れを起こしていたのですぐにケーブルに繋いでコンセントに差し込む。


頭ははっきりしているし、余命三ヶ月でも案外身体は動くものだ。


家では母親のほうが塞ぎ込んでしまってうつになりそうな勢いだ。父も私の病気のことを聞いており、愕然とした様子でいるのでほとんどなにも喋らない。


家は、既にお通夜のようだ。


ほんのちょっと放置しておくことにしよう。


あのね、と言ってもどちらもなにも聞いてくれなかった親だ。私は私でやりたいこともある。


夜になって、充電が終わったスマホを手に持ち、千歳にLINEを送る。


『退院したよ。初詣の時は、救急車を呼んでくれてありがとう。今、なにしている』

『よかった。熱下がったのね。とっても心配していたの。今は路上占い中。誰も来ないし寒いよう。でも教えてくれてありがとう。具合はどう』


事実を伝えるために文章をゆっくりと打つ。その指が緊張で震える。時々誤字を打っては消して新しく打ち込む。長い文章は誤字だらけになって打てない。端的に伝えよう。


『私、膵臓がんで余命三ヶ月と言われたよ』


数分して返事が来た。


『嘘。そんなことって。嘘でしょ? やだ、動揺しちゃう。ごめん、あの時おみくじツイているなんて言ってしまって』


『そんなことない。二十年近く通っていなかった神社で、神様が怒らず状況を教えてくれたんだよ。そう思えばツイていたのかもしれない』


『今から思えば誕生日の時あまり食べていなかったのも、既に病気が発症していたのかな』


そういえば。あの時は食欲があると思っていたけれど、実は自分が思っていた以上に体が受け付けていなかったのかもしれない。文化祭の時はよく食べられたのに。でも少し胃もたれしていたっけ。


千歳の動揺が文面から読み取れても、少し感じていることがある。もしかして気づいていたのではないだろうか。


意識をなくすちょっと前に、「まさか、あの時の占い」という千歳の声が聞こえたのをよく覚えている。初めて占って貰ったときの「あ」と言う言葉も病気を示唆していたのではないだろうか。


あの「あ」の続きを聞いていない。海へ行ったときも病院で検査をして貰えと言ったのは千歳だ。


『ねえ、本当は私の寿命知っていたんじゃない? 占いにそう出ていたんじゃないかと思って』


千歳の占いはどのくらい当たるのだろう。もっと信じればよかった。


『そういう相が並んでいたのは確か。でも、外れて欲しいと思ったし、外れることもあるし、初対面でそんなこと言えなかった。それにあの時は、死にたいって言っていたし本当に今にも死にそうな顔をしていたから、どうしたって言えなかった』


千歳がこれまで私の死を食い止めてくれていたのかもしれない。 


もしあの退職日の精神状態が悪かったときに、前日の前世を見た占い師に続いて「あなたはもうすぐ死にますよ」なんて言われたら、もう精神ダメージがマイナスを超えて私はそのままふらりと線路に飛び込み、目にも心にも色彩を戻せないまま身投げをしていただろう。



あるいは千歳に出会わなかったらもっと悪化して、結局自殺していた可能性もある。どのみち死んでいたのかもしれない。

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