第38話
「膵臓に?」
訊ね返したのは母だった。
「はい。えっと、まず血液検査で基準値を大幅に超えているものがあってですね、それが全て膵臓を指すんですよ。その、膵臓に厚さ五センチを超える腫瘍があります。これまで痛くありませんでしたか」
杉本先生は不思議そうにそう言った。
「痛みは元旦に感じたくらいで、あとは別に」
「かなり痛かったと思うのですが・・・・・・」
自分の身体の痛みにまだ鈍感なのだ。
「つまり亜紀は膵臓がんってことですか? それは手術で治りますか」
言葉を濁しながら話す杉本先生に苛立ったのか、母が私の代わりに再び言う。
「あの。えっとですね。亜紀さんの場合、手術はできません。重要な血管部分を腫瘍が巻き込んでいます。それに肝臓、膵臓、十二指腸に転移が見られますし、胃腸や他の血管のほうにも転移の影らしきものがあります」
杉本先生は一枚一枚シャーカステンに貼られた私の身体の内部をボールペンの先で指しながら説明している。
がん。転移・・・・・・転移? 嘘。嘘。もう、生きられない――?
嫌。嫌だ。長いことうつで思考が真っ黒で、今ようやくあらゆる色彩を取り戻しかけているのに。
せっかくこれから楽しみや幸せを見つけて思い出を作っていこうとしていたのに。
なにかの間違いじゃない?
「あ。あの、いいですか」
私は恐る恐る手を挙げる。手が震えていた。
「先月別の病院で血液検査をしたときは、アミラーゼとリパーゼ、血糖値の数値が少し高いけれど許容範囲内って言われました・・・・・・」
杉本先生は難しそうな顔をして眉間にしわを寄せる。
「アミラーゼとリパーゼの基準値は大幅に超えていますよ。そうですね・・・・・・そのときにはまだ具体的な数値として表れていなくて、直後にあなたの身体に変化があったのかもしれません。あるいは希ですが検査が正常に行われなかった可能性や、タイミングが悪かった可能性も」
なにかの間違いではないらしい。あなた若いから。家から一分のところにある医師からはそう言われた。なら見過ごされた可能性があるのかもしれない。いや、違う。
ずっと見過ごして、間違えていたのは私だ。
「病院選びは慎重に」
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