第37話


「微熱がありますが、医師から熱が下がり次第検査、ということなので、呼んできます。お母様も来ていらっしゃいますから呼んできますね」

 

看護師はキビキビとした様子で出て行く。


六人の大部屋だ。いろいろな人が静かに寝ているようだ。せっかくの初詣、台無しにしちゃった。救急車を呼んでくれたのは千歳か空君か。あとでお礼を言わなくちゃ。


そういえば病院服だ。せっかくの着物、どうなったんだろう。 


母が白いカーテンをめくり顔を出す。今日は変わらず不機嫌そうにしている。


「どう、体調は」

「少し元気。着物どうした」

「看護師さんから返されて、綺麗に洗ってある。あんたの友達・・・・・・すごい若い男の子が家まで走ってきて、知らせてくれたんだ」


母の表情は曇っている。


「去年の九月に出会った子なんだ。可愛いでしょう」


母はそのことには無関心で、視線をキャビネットにやる。


「着替えいろいろ持ってきているから。まだしばらくは入院だって」


毎日来てくれていたのかもしれない。キャビネットの上に着替えや歯ブラシ、時計が置かれていた。午前十時過ぎだ。


「ありがとう。いろいろ大変でしょう。もう帰ってもいいよ」

「検査の結果がわかるまではいるから」

「時間かかると思うよ?」


ふと、母と私の間に影が差した。白衣を着た男性の医師がやってくる。


「目が覚めましたか。担当させて頂きます、杉本と申します」


四十後半くらいの先生だ。髪はふさふさで少し癖せっ毛がある。


よろしくお願いしますと、母と私でお辞儀をする。


「熱が若干ありますが、早速検査をします。重大な疾患が隠れていたら一刻を争いますので」

「はい」


医師は看護師を呼ぶ。先ほどの看護師が車椅子を持ってくる。


「歩けますよ」

「微熱がありますからね。ここはちょっと慎重になりましょう」


大げさだなと思いながら仕方なく車椅子に乗る。ああ、おみくじには病気の項目に要注意と書かれていたっけ。なにかの病気かなぁ。熱がなかなか下がらなかったのは引っかかる。


「じゃあお母さん、あとでね」


看護師に車椅子を押されて病室を出る。母は最後まで無表情で私のことを見つめていた。


血液検査、レントゲン、MRI、CT、エコー。病院の中のあちこちを巡って検査をする。そうして全てを終えた頃にはくたくたになって、病室へ戻る。母が待っていた。


「結果は」


母は気持ちが急いている様子だ。


「検査終わったばかりだからまだだよ」


ちょうど昼食が出されたので、母は五階にある食堂で食べてくると言って出て行った。入院するのは二度目だ。一度目は断薬で倒れたとき。あの時は何日入院したのかもう覚えていない。


短大生の時胃腸炎にかかってここへ来たこともあったけれど、日帰りだった。下痢が止まらず、脱水症状を起こしかけ母によれば顔が真っ青だったらしいが、やはり私は苦しみをあまり感じられなかった。うつや断薬のほうがより苦しかったから。


出されたものに口をつける。白米に焼き魚、漬物、味噌汁。


味付けは薄い。そしてお腹が空いているはずなのに、あまり入らない。


スマホで千歳や空君に意識が戻ったということを伝えたかったけれど、身の回りのどこを探してもない。巾着の中に入れていたから、多分運ばれたあとに着物とまとめて母の手に渡ったのだろう。


「遠山さん。お食事、あまり入りませんでしたか」


看護師がやって来て言った。


「ええ。微熱がまだあるせいかあまり。栄養士さんに申し訳ないです」

「じゃあ、食器、さげちゃいますね。このあとすぐ、先生からお話がありますので」


看護師は明るい笑顔で出て行く。私は誰かがやって来るまで横たわることにした。


短い間でも眠って、早く平熱にしてしまおう。そう思って目を閉じる。


うとうとしていると、母に揺さぶられた。


目を開けると、先ほど食器を片づけた看護師もいる。眠っていた時間は十分といったところだろうか。


「それでは診察室七番へお願い致します」


看護師はそう言って、一足早くどこかへ行ってしまった。


車椅子を母に押されて、ずらりと扉が並んだところの待合室に行く。


十分ほど待ってから名前を呼ばれたのでドアをスライドさせて七番診察室へ入った。


杉本先生がMRIやCT、レントゲンの写真をシャーカステンに何枚か貼っている。


自分の身体だというのにどこの部位なのか全くわからない。


母が後ろに立った。先ほどの看護師が患者用の回転椅子をどけて、車椅子を押し先生の前に来るように計らって下さった。ありがとうございます、と自然に言葉が漏れる。


「ええっとですね」


杉本先生は言葉を選んでいるのか深刻な表情で頭を掻く。


「検査の結果ですが、膵臓に異状があります・・・・・・」

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