第35話
気にしないでおこう。気の持ちようだ。
ひととおり読んでからおみくじ掛に結ぶことにした。
「写真撮りますよ」
空君がいきなり言い出す。
「ええっ」
「美しい着物姿の女性を撮れる機会なんてそうないですから」
人が多いのでおみくじ掛けの脇にずれて、千歳と並んで写真を撮ってもらう。
「いい笑顔です」
「じゃあ空君のも撮るわね。腕は期待しないで」
空君は大人しく従っていた。千歳が空君のカメラを持ち、空君の立ち姿を撮る。
両袖に両腕を入れて大人びたポーズをしている。それからまたいつものように人に頼んでご好意で三人の写真を撮ってもらうことにした。
写真を撮るだけでも結構疲れる。でも楽しい。内心で興奮しているのか汗が滲む。
「写真も大分溜まってきたんじゃない?」
千歳が言った。
「そうですね。でも両親が帰ってきて旅の写真を見ました。そうしたら俺、まだまだだなって」
「プロと比べてもしかたがないわよ。そういえばご両親からお年玉は貰えた?」
「はい。構ってあげられないからって多めに貰っちゃいました」
その言葉を聞いて私は、あ、と思った。忘れるところだった。
「そうだ、私も。はい、空君」
白いお年玉袋を巾着から取り出し差し出す。ぎょっとした顔をされた。
「お気持ちだけで結構です」
「そんなこと言わずに貰って」
「祖父が気を遣わなくていいからって千歳さんからも貰わない約束になっているんです」
そう言って両手で押し返す。私は負けじと返した。
「遠慮しないで。空君と出会えて私、とっても変わったんだから。プラネタリウムも貰ったし、感謝も込めて」
しばらく問答が続いて空君が折れる。
「で、ではありがたく頂いておきます。来年は貰いませんよ」
「ふふ、来年も会ってくれるんだね」
お年玉袋が私の手から離れる。
瞬間、ぐにゃり、と視界が歪んだ。なんだか苦しい。暑い。痛い。耐えられない。
痛い――どこが? 脇腹のあたり。背中。
額から、首から、全身から汗が噴き出てきた。
体から力が抜けていく。立っていられなくなって、私はその場に仰向けに倒れ込んだ。
着物、汚れちゃう。でも、立てない。帯が邪魔してエビみたいな格好になっているかも。
「亜紀ちゃん?」
周囲がざわめく。千歳と空君の心配そうな表情がぐるぐると回る。青空を背景にしたまま、気が遠くなりそうだ。冷たいものが額に当たる。千歳の手だ。
「すごい熱。よく今まで平気だったわね。亜紀ちゃん、話せる?」
人々が囲むようにして私たちを見ている。風邪、私も引いたのかなぁ。こんな年始から風邪を引くなんて、やっぱりおみくじは大凶をひいただけあるんだ。案外当たるのかも。
でもこれってツイていることになるの?
そんなことを考えながら頑張って口を開く。
だが、上手く喋れない。言葉が全く出てこない。焦ったような二人の声が聞こえてくる。
「おうちのかたに連絡しましょうか。俺、亜紀さんの家知っていますし」
「そうね。これはただの熱じゃないと思う。顔色が、変。まさか。まさかあの時の占い・・・・・・」
神社の関係者も気にしてかやって来て冷静に私を見下ろす。なにか千歳に話しかけている。
その女性の姿がだんだんと見えなくなっていく。
「あ、あ。意識がなくなりそう・・・・・・」
空君が呟く。
「亜紀ちゃん――亜紀ちゃん。お願い、返事して。返事できる?」
大きな声がする。なんか、迷惑をかけちゃっている。ごめんね。せっかくの初詣に。
でも体が上手く動かない。起きようと思っても起き上がれない。
ごめんね。どうしちゃったんだろう私。頭が朦朧としている。熱ってこんなに動けなくなるものだったっけ。
関係者の人が大きな声で叫んでいる。
「この中にお医者様はいらっしゃいますか?」
私は目を閉じる。目を開けていられないのだ。
「救急車、救急車呼びましょう。スマホ出さなきゃ」
私の意識はすっと、大嫌いになった闇の中へと引きずり込まれていった。
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