第34話
一月一日
元旦の朝は大晦日の夜に比べてどことなく静かだ。
練習の甲斐もあって、なんとか初詣までに似合う髪型にすることができた。雑煮のお餅を半分だけ食べ終えると早速母に着付けをしてもらった。
「お。そんな姿何十年ぶりだ」
リビングでテレビを見ていた父が振り返り、驚いた表情をする。
腫れ物に触るような言動も最近はなくなりつつある。
「友達と約束してね」
「女の子は華やかでいいねぇ」
女の子、といえるような年齢でもないのだけれど。帯が苦しい。体が軋む。
「着物が華やかなんだよ。でもまあ、こうして着られるくらいには元気になったよ」
再び仕事ができるようになったら旅行にだって行きたいし、温泉にも入りたい。もっとお金を貯めれば海外にだって行ける。私の未来、少し期待してもいいよね。
巾着には財布とハンカチ、スマホ、そして空君へのお年玉を入れる。何度も確認をしてから、家を出て花守神社に向かう。普段はあまり人が来ない神社も、今日は列をなしていた。
「明けましておめでとう」
千歳が私を見つけて近寄ってくる。
青に、銀色の花模様の入った着物。千歳は青が知的な印象で映える。
「千歳、よく似合っている」
「亜紀ちゃんも。やっぱり和服って、雰囲気が明るくなっていいわね」
左脇腹から背中にかけて痛みがあった。帯、やっぱりちょっときつく締め付けすぎたかな、と思っていると空君が紺色の羽織袴でやって来た。
「おめでとうございます」
空君は変わらずカメラをぶら下げて、照れくさそうに笑う。
「おお、格好いい。大和男子って感じがするよ」
私が言うと、やめて下さいと照れる。
「成人式もそれ着るんだね」
私は調子に乗ってつい言ってしまった。
「いや、そこまではまだ・・・・・・」
「もったいないよ。せっかく買って貰ったんだし。高かったんじゃない」
「まあおじいちゃんには感謝していますけど」
「とても似合っているよ」
空君は益々恥ずかしそうに俯く。
なにか、ずっと背中に違和感がある。痛い。
これって帯の締め付けとは関係ない痛み?
時間が経てば治るのかも。新年なのだから笑顔でいなくちゃ。
参拝の列に並んだ。破魔矢やお守りを買って帰る人や、古くなったお守りを納めている人などがいる。人々の顔は、それぞれの抱負を持って晴れ晴れとしているようにも思えた。
お守りが売られている社務所も賑やか。私も両親のためになにか買っていこう。買うとしたらやっぱり健康長寿かな。
それにしても、よく晴れているせいか人が多いせいか、はたまた慣れない着物を着ているせいか、とても暑い。額から汗が滲みそうだ。
「ふう、流石に今日は寒いわね」
千歳はちょっと身を縮ませて、手をこすっている。
「本当、寒いですね」
空君もそんなことを言っている。あれ、暑いのは私だけ?
しばらく待って参拝を終えると、社務所で健康長寿のお守りをふたつ買い、おみくじを引く。
「あっ?」
変な声が出た。なんと大凶を引いてしまったのである。ここって大凶があるんだ。
まあ、短大の合格祈願以来神社に来ていなかったし、社会になにも貢献していないし、神様はまだ怒っているのかもしれない。引いてしまったものは仕方がない。
「俺大吉」
「私も」
二人が大吉ならそれでいいや。
「あら。すごいじゃない」
千歳が私の広げたおみくじをのぞき込んでいる。
「すごい・・・・・・かな?」
「大吉より出る確率が少ないのよ。それを引いたっていうことは亜紀ちゃんツイているよ」
大凶がツイている、か。
大凶を引くことも悪いことじゃないのかな。謙虚におみくじに書かれている神様の言葉を受け止めよう。
願望 叶わぬ
待ち人 来ぬ
縁談 やめたほうがよい
交際 思いが通じぬ
病気 治り難い
旅立ち 事故注意
・・・・・・。
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