第33話
十二月二十八日
クリスマスが終わると、街も一気に殺伐とした雰囲気になった。
年末のムードに流されているのかみんなせわしく動いている。父の会社も休みに入り、家中の大掃除をする。
着物。どこにあるのだろう。床のぞうきんがけをしていた母に訊ねてみる。
「友達と初詣に行くことになったんだけど、着物ってどこにある」
「着物?」
なにか言われそうで内心でビクビクしていた。
「成人式の」
「二階の和室の桐箪笥の中。上から二段目にあんたのが入っている。見てみようか?」
母ななんとなく嬉しそうな顔をしてぞうきんがけを一旦中止し、一緒に二階へ行った。
やはり和服が好きなのだな、と思う。
普段、ほとんど使っていない和室。以前は祖母の部屋だったそうだが、今ではちょっとした物置になっている。でも、綺麗に整頓はされている。
桐箪笥の二段目を引いてみると、たとう紙が見えた。
「それがあんたのだから」
指図に従い丁寧に取り出し広げてみる。シミもしわもなく綺麗に保管されていた。
足袋も少し色あせてはいるものの、使えなくはない。
母が定期的に手入れをしていたそうだ。
「ざっと着てみなさいよ」
「うん」
セーターを脱ぎ、羽織って全身鏡で見てみる。
「ギリギリ行けそうじゃない」
珍しく母が笑った。今日は機嫌がいいのだろうか。本当に、赤が似合うギリギリラインだ。
「着付けはしてあげるから、それ着ていっていらっしゃい」
「うん・・・・・・」
私は母の顔をまじまじと見た。
「なに?」
「いや、今日はなんだか機嫌がいいなって」
「最近のあんたが明るくなっているからね」
なんだかんだで心配してくれていたのだなと思う。
「でもお母さんの望むとおり、仕事も結婚もしてないよ。私、遊んでばかりでなにもしていないよ」
母は意外そうな顔で私を見つめる。そして「はは」、と笑った。
「あんたは真面目だねえ。そりゃ仕事か結婚はして欲しいよ。でもね、あんなの口だけだから真に受けないで。仕事をするにしても結婚するにしてもうつの時のあんな表情じゃどちらも無理だなと思うんだよ」
なんだ。真に受けなくてよかったんだ。いつも苛々しているから、本気で言っているものだとばかり思っていた。
じゃあ、あの苛立ってキンキンした声で働けだの、結婚しろだの言っていたのは本当に口だけ? わかりづらい。母の本心がわからない。
「着付ける?」
「そうする」
私はモヤつく心を、本格的に着ることで忘れることにした。
成人式の時に使ったピンクの髪飾りは流石にもう似合わない。金色の帯は大丈夫だ。
髪をアップする方法も考えないと。
全身を鏡で再びチェックしてから、母の指導の下、丁寧に脱いでいく。
「ハンガーに掛けておきなさい。防虫剤と桐箪笥の匂いがするからとらないと」
言われたとおり広げて着物用のハンガーにかける。確かに少し、ツンとした香りがする。
京都の老舗から取り寄せたブランドもので、高かったにもかかわらず成人式の時はなんとも思わなかったこの着物。
今なら作り手が魂を込めて一生懸命作ったのだとわかる。ちっとも褪せていないどころか、今改めてみると艶があるようにも感じられる。私は内心で着物に謝った。
十六年前は、なんとなく着ていただけでごめんね。とても綺麗だよ。
「さあ、掃除再開するよ」
母と私と父の三人で手分けをして、掃除をし、夜はパソコンで髪を年相応にアップさせる動画を探して着物に合う髪型を何度も練習した。
手入れをしていない髪を下ろす。九月より数センチ伸びていたがボサボサだ。毛先を数ミリ自分で切って整える。
なんだろう急に疲れが襲ってきた。色々な場所へ行ったから、体調に響いているのだろうか。
でも、年末年始はとても楽しみ。
パソコンを閉じ、満天の星を見ながら眠ることにした。
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