第32話

「いえ、俺は。心象風景を撮ってくれる人は他にいませんし。自分で無理やり撮ってみても、自分の姿が映し出されます」


人の心は撮れるのに。やっぱり不思議な力って自分のことには使えないものかもしれない。


しばらくはこれまで行ってきた海や新宿御苑の話をしていた。振り返っても振り返っても悪いことしか思い出せなかった人生に新しい思い出が塗り替えられていく。


空君の高校生活の話も聞いた。話は新鮮で楽しく、そしてどこか私の中で未だほろ苦さを伴っている。


「心象風景、もっともっと変わるといいわね」

「これ以上変わるかな」

「きっと変わる。もっともっと幸せになろう。私も変えたい」


幸せを探していけばきっと、もっともっと変えられるんだ。


「次は初詣に行きましょうか」


千歳が両手を合わせて言う。 

「いいですね」

「あれ、友達とは行かないの」


「友達は混むのが嫌いで乗り気じゃないんですよ。参拝客の減りそうな六日に、他の神社へ行く約束をしていますから、一日や二日は一緒にお参りできますよ」


「トシさんはいかがですか」


千歳が訊ねると、トシさんは手をひらひらと振った。


「俺は息子達と行くよ。若い者は若い者同士で行ってきなさい」


若い者同士、といっても空君とは結構年の差があるのだけれど。まあ、トシさんから

見たら十代も二十代も三十代もひよっこに思えるのかもしれない。


一日の朝八時に約束をする。場所はもちろん、花守神社だ。


「亜紀ちゃん、着物着てみたら。持っている?」


きっといい記念になるわ。千歳は笑う。


「成人式のしかないよ。多分もう似合わないと思う」


「そうかな。着てみない? 私も着るから」


成人式の時に着た着物を思い出した。


赤に金色の花柄模様が入った振り袖。独身だから振り袖は着られるのだ。体型もむしろあの時よりも痩せているから着られないことはない。 


着物を着て初詣に行くなんていう機会も初めてかもしれない。貴重な経験は、またまたうつが再発してなにもする気が起きなくなる前に、なんでもやっておくべきだ。



似合わなければレンタルでもしようか。母とは身長差があるから母の着物は借りられないのだ。母は小柄で百五十センチ程度。私は十センチも高い。


「じゃあ、ちょっと着てみる」

「空君は?」


千歳が訊ねると、びっくりしたような表情になった。


「着物なんて七五三の時以来着たことないっすよ。着付けもよくわからないですし」

「よし、買ってやろう。成人式にも着られるようなやつ。明日にでも見に行くぞ」

トシさんが言うと、空君は更に嫌そうな顔をする。

「おじいちゃん、なにを言っているんだよ。成人式なんてまだ先だし、そのとき多分みんなスーツだよ。いいよ」


そっか。空君は三年後にはもう成人式を迎える。どのような男性になるのだろう。


「ここはひとつ、千歳ちゃんの提案に乗って、着物姿で行ってきなさい」

「ええ。俺、着ないからな」


空君は千歳に助けを求めるような視線を送る。


「元旦は着物で行きましょうよ。買って貰えるのだからありがたいじゃない?」


千歳が空君の背中を触る。空君は姿勢を伸しつつも嫌そうな声をあげる。しかしトシさんと私と千歳の三人で説得すると、渋々承諾した。


午後四時にお開きとなって、何度もお礼を言って帰ることにした。


夜に家庭用プラネタリウムを設置して満天の星を部屋の中で眺める。


都会で星はあまり見られないと思っていたのに家でこれだけの星が見られるなんて、感動的。

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