第25話

「気を遣われるの、嫌いみたいですよ」


千歳にも好き嫌いがあるのか。そりゃ人間だからあるのだろうけれど、彼女ならなんでも受け入れてしまいそうな性格だったから意外だった。


「じゃあ、治るまで気楽に待っていたほうがいいか」

「そうですね。それに最近、ちょっといいニュースがありまして」


なんだろう。いいニュース。聞いただけでワクワクしている。


「なになに」


「このままの成績なら、推薦取れるだろうって先生に言われました。その中に行きたい大学もあるので、一般受験をしなくても良さそうなんです」


「成績優秀なんだ。よかったねえ」


なんだか子を見守る母の如く嬉しくなる。


仮に、とっても早く十八くらいで結婚して子供を産んでいたら、すでに空君くらいの息子がいる計算になる。


まあ、私に限ってはあり得ない話ではあるけれど、子供がいてもおかしくない年齢であることは確かだ。でも、自分に子供がいるという想像ができない。


「空は普段から勉強熱心だからな。成績も模試も、いつも五位以内だ」


トシさんがコーヒーを出し、誇らしげに言う。


「すごい、すごい。大学は何学部目指すの。文系? 理系?」


「国際関係を目指しているので文系になりますかね。視野を広くしたいなと思って。俺も海外を見てみたい。アルバイトでもしておけばよかったかな」


親がどちらもアウトローで滅多に帰ってこないので連れて行ってくれる機会がないそうだ。


「でもアルバイトをしていたら、部活と勉強との両立が大変でしょう」


私は湯気の出ているコーヒーを一口飲む。コロンビアは口当たりが優しい、マイルドな味だ。


「そうなんですよ。でも海外へ行けるだけのお金も貯められたらよかった」

「海外にもいつか行けるといいね」

「はい。あ」


空君は自分の唇に人差し指を当て私を見る。


「推薦のことは千歳さんには内緒にしておいて下さい。うちへ来るときに言いたいので」

「ちょっとしたサプライズだね」

「はい」


千歳もきっと、喜ぶだろうな。空君が高校を卒業して大学生になる姿も見てみたい。


「あとこの前の海の写真。締め切りがタイミングよくあったのでコンテストに出しました。神戸も乗り気だったので一緒に」


「へぇ。二人で同じところに出したんだ。自信作?」


「自信、ないです。もっと上手い人とかいるから無理かな・・・・・・」


「出したばかりで今から落ち込んでどうするの」


 励ますつもりで空君の背中を叩いた。トシさんが声をあげて笑っている。


「空、もっと自信を持て」


「そうだよ。夢も自信もいっぱい持たなきゃ。若いんだし」


夢も自信もなかった高校時代は、空君や今の高校生に密かに託そう。


それで私の通り過ぎた日の心が満たされることはないけれど、今十分に満たされている。この先まだどうなるのかわからないけれど、私も目的や夢を持って生きていこう。夢。私はなにがしたいのかな。


喫茶店では穏やかな時間が流れる。私はそこに静かな幸せを見いだす。トシさんや空君や、ここへ来ている人との何気ない会話。そうしたものが愛おしく感じられて、胸の奥がきらりと光る。


不意にテーブルの上に置いていたスマホから音が鳴ったので、見てみる。


『新宿御苑、十二月一日に行きましょう。それまでに治すから』


千歳からのLINEだ。空君にも見せる。


「風邪をひいていても、元気そうですね」


「そうだね」

 

紅葉が終わるか終わらないかのギリギリの日程だ。

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