第20話
千歳が息を弾ませ正面からやって来る。
神社を回り終えてから新江ノ島駅まで急いで来たのだろう。
「どこ行きましょうか。もう海見ちゃう? それとも水族館行く?」
「俺、水族館行きたいです」
「なら行きましょう。すぐだし」
空気には潮の香りが混ざって、トビが空を自由に飛び回っている。
五分もしないで辿り着いた。入場料を支払い中へ入る。不意に母の外をぷらぷらという言葉を思い出した。
いいんだ。若い頃に遊べなかったぶんの青春を私は取り返す。
館内は休日のせいか人は若干多く、子供達も多く見受けられる。
空君は撮影可能なところではくまなく写真を撮っている。
「いいの撮れそう?」
「生き物撮るのは下手なんですよ、俺。だから勉強もかねて」
水族館を楽しんでいるというより本当に勉強のために写真撮影をしているといった様子だ。
「海の生物って不思議ね。いろいろな種類があって、いろいろな魚がいて、きっと魚にもそれぞれ個性があるんだろうなって思う」
千歳は相変わらず千歳らしいことを言っている。
「水槽の中の魚は幸せなのかな」
閉じ込められて苦しい思いをしているのではないだろうか。
「どうかしらね・・・・・・でも、他の魚に襲われる心配がないだけ幸せなのかな」
ゆっくりと順路を回る。温度調節がなされているため、少しひんやりとしている。
薄暗く、時々子供のはしゃぐ声が聞こえる。水槽の水はゆらゆらと揺らめいている。
暗さなんて感じないのかもしれない。
海の中って暗いのかな。明るいのかな。浅いところでは日の光は届くよね。海から見る太陽は、水に揺れて見えるのだろうか。魚ってそういうの、見るのかな。
ふと、テレビで見たことのあるダイバーを思い出した。
ダイバーは海の中を魚と泳げるのだ。日の光が水中に差し込み、そこには普段お目にかかれないような世界が広がっている。
揺れる藻に、近くを泳ぐ魚と光とのコントラスト。海の中はどれだけ素晴らしい景色が待っているのだろう。
「なにを考えているの」
ひとつの水槽の前でぼんやりとしていると千歳が興味深そうに水槽をのぞき込んだ。
「ダイバーのことを考えていたの」
「ああ。海の中の景色は、ダイバーじゃないとわからないことが多そう」
「習うのもいいかも」
慣れるまでが大変そうだけれど、一応は泳げる。
「占い的にね、亜紀ちゃんの運気を上げてくれるものって太陽なのよ」
「そうなの? なんで」
「亜紀ちゃんの命式、水性が多いの。だから五行思想で大切なもの、必要なもの、運をよくするものが太陽なの」
占いは五行思想を基本とした木、火、土、金、水の相生と相剋の関係でなにやら複雑に見ていくものらしい。
千歳は色々と説明をしていたが私にはよくわからなかった。でも太陽で運気が上がる
なら安いものだ。太陽の光をいっぱいに浴びて海へ飛び込む。本当に体力が回復して、仕事もできるようになったら習ってみようか。
これまでの価値観も変わりそう。
「なら千歳の運気をあげるものは?」
「海水。私は火性が多いから、水が必要なの」
「それも五行思想で?」
「そう。亜紀ちゃんに必要なものは太陽で私は水。これってとっても相性がいいの。お互い足りないものを補い合える関係なの」
「へえ、そうなんだ」
海水がいいなら、千歳もダイビング習わない?
そう言おうとして口を閉ざした。心臓が悪いのに、ダイビングは難しいのではないかという考えが脳裏をよぎったためだ。
日常生活に問題はなくても、なにかと制限の多い生活はしているのかもしれない。ただそれを口に出してあれこれと訊ねることは憚られる。それでも、千歳はそんな自分の運命を覗きたくて、占いに興味を持ったのかな、とも考える。
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