第19話
十一月三日
両親との会話は増えない。
ただいまと言えばおかえり、くらいは言ってくれるけれど、父も母も昔から、にこにこと笑いながら私の話を聞いて相づちを打ってくれることはないのだ。
この家には、悲しいことに会話らしい会話というものが物心ついたときからなかった。
父が一方的に喋っていることがあるけれど、今日はこんなことがあったよと言っても
「あ、そう。それでテストの点数は? 勉強は? 部屋は掃除したの」そんな会話にしかならない。
今でこそ自由にできているけれど、高校生の頃は他にも門限のチェックと、寄り道したかという確認と、異性関係の詰問、家の手伝いに関する会話ばかりだった。
そんな親だから余計にうつになったのかもしれない。私は今日こんなことがあったよという話を、ちゃんと笑顔で聞いてくれる人が欲しかった。
今それを言ってしまうとそれこそ甘えになる。だから言えない。
言ったところで聞いては貰えない。
「十一日は、海へ行くから」
なにも期待せず、昼食を食べたあとで母に言う。
「仕事は探しているの」
本当に、会話がかみ合わない。
仕事には責任がつきまとう。まだそこまでの能力の回復はしていないと思って答える。
「もう少しよくなったら」
「仕事もしないで外をぷらぷら」
母は急に苛立つ。
「いいんだよ」
なにを言われても動じない自分でいよう。私は私らしく。先のことより今を生きよう。
今を楽しんでこそ未来に繋がる。文化祭からそう学んだ。
「暇なら十七日、墓参りに行くよ。お義母さんの命日だから」
十一月十七日は、父方の祖母の命日だ。
私が三歳くらいの時に亡くなっているからほとんど覚えていない。
「わかった」
やっぱり用事のみの会話になるのでたくさんの言いたいことを飲み込んで、私はお皿を片づけると二階の自室にこもった。
ここで無理に仕事を探したら、ストレスが溜まって悪化しかねない。
何十社と受けなければならないし面接官はいろいろなことを言ってくるから。
十一月十一日
文化祭の日から一週間、千歳と会う以外は寝て過ごした。疲労が半端なかったのだ。
相変わらず天候に恵まれているのは、千歳や空君の普段の行いがいいせいだろう。
新江ノ島駅で十時半に待ち合わせをした。少し早く来てしまったのでまだ誰も来ていない。
しばらく待っていると、電車がやって来て空君が他の観光客の群れの中から出てきた。
一眼レフカメラを首からぶら下げている。
「ちっす」
ちっす、は空君の口癖なのだろうか。
「おはよう。写真撮る気満々。千歳はまだ来ないみたいだね」
「神社回ってから来るそうです」
流石東洋占術師。神様への挨拶は欠かさないのだ。昨日千歳と会ったとき、文化祭の疲れで寝込んでいたと言ったから多分気を遣って私を神社へ誘うことをしなかったのだろう。
階段を何段も登るし、おそらく江ノ島の神社を全て回ったら、私の体力とスタミナはそこで尽きて肝心の海を見る前に引き返すことになるだろうと考える。
沈黙が続いて間が持たない。
「文化祭のバンド、すごく楽しかった」
空君に話を振る。
「後夜祭でも同じ子達がバンドやりましたよ」
実際、バンドを組んでいる子達はアマチュアのライブ会場で歌うこともあるそうだ。ファンもいるという。だからあれだけ体育館に人が集まっていたのだ。
「そういえば、解けなかった数学の問題は解けるようになった」
大分前の話だけどふと気になって、訊ねてみた。
「ええ。千歳さんに教えて貰ってよくわかりました」
千歳は頭もいいのだな、と思う。高校生の数学を教えられるなんて流石だ。
「千歳の教える勉強ってわかりやすいの」
「はい、とても。受験勉強も多分、予備校に行かなくて済みそうです」
「そっか。すごいね」
「というより、千歳さんとの縁が遠くなるのが嫌で予備校には行きたくないなって」
秋の薄青い空を見上げた。慕われているのだ。空君の気持ちはわかる。私も千歳とサヨナラをする日が来るのは嫌だ。友達って、いつまで友達を続けられるのだろう。
「お待たせ」
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