第15話
「千歳ちゃんは家庭教師でもありますが、プロの東洋占術師ですからね。東洋占術というのは、まあ聞いた話ではありますが、神社仏閣をとても大事にするんだそうですよ。なんでも陰陽五行説の自然哲学と結びつく理論体系がなされているらしいから、自然信仰も大切なものとして考えているらしいのです」
「へえ。お詳しいのですね」
「私の父も占い師だったから知っているのですが・・・・・・そう。千歳ちゃんの心臓の件でも父に見てもらったこともありました」
そういえば以前、千歳もそんなことを言っていた。このご家庭と千歳は絆が深いのだなと思う。そうして、懐かしそうにトシさんは視線を遠くにやる。
「二十一日間続けて神社に行くとなにかあるんですか」
そうですね、とトシさんは思い出すように言った。
「自分や周囲に変化をもたらすと言われております」
劇的な変化はない。だが、風を感じるようになった。色が心に染みこんでくるようになった。二十一日参り、効いているのかな。
「あと、日の光。うつは朝日を浴びるといいと言われているから、千歳さんはその相乗効果も狙ったのだと思いますよ」
空君が言った。朝の光は体内時計もリセットされるのだ。うつは睡眠障害を併発することも多い。でも私の場合、寝付きは悪くないほうなのが不幸中の幸いだ。一人暮らしをしていたときは、日当たり良好の部屋だったから回復に向かったのかもしれない。
二十日以上通って朝日を浴びるのも気持ちのいいものだと思い始めていた。最
初はなぜ朝のあんな早い時間帯に神社で話なんかするのだろうと思っていたけれど、千歳は持てる知識を活用して私に付き合ってくれていたのだと思うと感謝の言葉しか出てこない。
同時に、どうして命って人にあげられないのだろうとも思う。生きたくても病気で死にそうな子が今この瞬間にだっていて、そうした子たちのために命をあげられるなら惜しくない。
死にたいと思うようになるどうしようもない病を患っている人を安楽死させて、好きな臓器を使ってくれる制度でも作ればいいのに。そうすれば私だって誰かを助けられる。
私はまだ死にたいって心のどかで思っている。いつ死んでもいいやと思っている。
その軸に変化はないのだ。つまりうつはまだよくなっていない。けれど千歳にそういう意図があるのなら死んでも死にたいなんて口にできない。死にたいっていう思いもいずれは変えられるのかな。なくなっていくのかな。
「千歳さんは明るい人だから、一緒にいると気分が上向きになりませんか」
空君が静かに言った。
「ええ、とても」
「俺も勉強だけでなく、随分あの人の考えかたやものの見方に影響されていて」
「景色が明るく見えるって本当に大切だなって思う。空君も毎日楽しいんじゃない」
「はい。来年からは受験勉強になりますけど」
「今を精一杯楽しめるといいね」
「そのつもりです」
私は微笑む。高校時代、ちっとも楽しめなかった。二十代もうつで潰れた。人生の一番いい時期に、私は恋人も作れず友達と遊ぶこともできず、ただ病気の治療に費やす羽目になった。
だから楽しめる人は若いうちに人生を楽しんで欲しい。人生って本当にやり直しなんかできないのだから。
「文化祭の準備ってもうしているの」
「まあ、一応は」
「なら楽しみにしているね」
「俺も来て頂けること、楽しみにしています」
お礼を言って会計を済ませて喫茶店を出てから、あ、と思った。
空君に謝罪するつもりで行ったのだし、この前はコーヒーをトシさんからただで提供してもらったのだから、菓子折のひとつでも持っていくべきだったのではないだろうか。
どうして、こんな社会人の最低限のマナーも忘れて、手ぶらでお邪魔してしまったのだろう。
私、バカなの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます