第8話


「ヘレンケラーも、苦労はしたけれどサリヴァン先生に会って幸せを掴んで最後はあれだけ有名になった。だから亜紀ちゃんも幸せになれるよ」


「ヘレンケラーと私は違うよ。ネガティブなことばかり考えてしまうし」


千歳は立ち上がると私の前に立ち、屈み込んだ。


「私、亜紀ちゃんに出会えてよかったと思うの」


その瞳は、決して社交辞令でも、世辞でも、嘘でもないことがわかる。


「どうして」

「だって。空君が撮った写真。あの白黒の砂漠の風景写真を、一緒に変えていけるもの。これからはカラフルで今では想像もつかないような光景で満たしていける。そう思うと少し楽しくなるの」


ほうじ茶の入ったコップを持つ手に力が入った。


少なくとも千歳は私の心の中の風景を変えようとしてくれているのだ。ゆっくりと私に付き合ってうつが再びよくなる方向性を共に探ってくれるのかもしれない。


それって私の思い込み?


「私の写真を変えてくれるの」

「うん。二人で変えていきましょう」


思い込みなんかじゃない。千歳は本気だ。


「なんで出会ったばかりの人にこんなに尽くしてくれるの」

「友達だからだよ」


理解はできなかったけれど、純粋に嬉しいという感情が少しばかり私の中から芽を出した。


「ありがとう・・・・・・」


あ、と千歳はずっと同じ姿勢のまま呟く。


「亜紀ちゃんから聞く二度目のありがとうだ」

「二度目?」

「一回目は消毒したとき。嬉しいよ、ありがとう」


目を伏せる。


「次になんて言っていいのかわからない」


私はとっても不器用なのだ。ありがとうと言われればどういたしましてという。それがいつもの私だ。だが、今回に限ってはその言葉はふさわしくないように思えた。


千歳は立ち上がると目を閉じ、耳を澄ましていた。なにを聴き、感じているのだろう。


「気持ちいい季節ね。特別暑くも寒くもない。日差しもまだ暖かいし、明日もここで話しましょうか。晴れている日はなるべくここで会うようにしましょう。どう?」



私はすぐにうん、と返事をする。


自分に寄り添ってくれる人がいる。そのことがとてもありがたかった。


この人と会っていれば、うつも快方に向かってカラフルな世界が待っているのかもしれない。


それは一体、どんな景色なのだろう。


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