第3話

「前世じゃなくて今よ。たまに前世のことしか見えていない占い師っているのよね。気にしたらダメ。そういう人ってなにかを見てはいるのだろうけれど、本当はなにを見ているのかわからないし、自分がすごいと勘違いしていて平気で人を傷つける」

 


それを聞いて傷は癒えていないものの、この人は常識のある占い師なのだと思って安堵する。


この世には言葉を選ばなければならない職業があると思う。それは身近なところでいえば精神科医やカウンセラー、占い師だ。


心を病んだり、深刻な悩みを抱えたりしている人をみてお金を取っているのだから言葉は慎重に選ばないと悪化させるだけになる。


それに気づいて努力をしている専門職の人はどのくらいいるのだろう。心療内科をジプシーしていたのも、乱暴な言葉を吐く医師が多かったためだ。


時には医師の怒号が聞こえてきて、泣きながら診察室から出てきた患者がいたことも思い出す。


それで、なにを占う? そういう視線を感じたので私は話す。 


「・・・・・今後どうなるのでしょう。よくなるのでしょうか」


生年月日を訊かれたので十二月二十四日だと答えた。


「まあ、イヴ生まれ」

「ええ。珍しがられます」


女性はワインレッドの本を開くとペンを持ち、紙になにやら暗号めいたよくわからない文字を書き出していく。


キリストの生まれる前日。そんなおめでたい誕生とは真逆に、私は死へ赴こうとしている。


さて、なにを言われる? 周囲は静かだ。


「うつはまたよくなるけれど。あ」


一瞬険しい表情になった。あ。あってなに。


「健康に注意が必要ね。詳しい検査をしてみて。病院選びは慎重に」

 

健康とはメンタルではなく身体のことだろう。


「そうですか・・・・・・別に死にたいからいいです」


言うつもりなど毛頭なかったのに、思わず言ってしまった。


「困ったわね」

「すみません、困らせるようなことを言ってしまって。でも本音です」

「きっとそれが、あなたの抱えている苦しさなのね。死にたい死にたいと思いながら生きるのは辛いでしょう」


頷く。もういいや。この人の美しさに癒やされた。美しい。


ポジティブな形容詞なんて出てこないはずなのに、本当に美しい。女性はまだなにか続けて言おうとしていたが私は立ち上がって財布を取り出す。もう帰ろう。


「おいくらですか」

「え。もういいの」

「はい」

「お代はいいわ。お花のお礼。あ、あなたちょっと指から血が出ている。待って」


見ると人差し指に切り傷ができて血が流れていた。きっとレインボーローズの花の付け根にあった棘が刺さったのだろう。血は中指や親指、掌にもついていた。


「手を出して」

「はあ、すみません。でもこれくらい平気ですよ」


女性は椅子の後ろに置いていたバッグから消毒液とティッシュと絆創膏を取り出す。


「自分の傷に鈍感なのはよくないわ」


赤く染まった右手は女性の手により綺麗になっていく。


うつは本当に、切り傷程度の痛みもあまり感じられなくなるのだ。多分、例えば腸捻転になってもなんか痛いな、くらいの感覚で終わる。あくまで個人的な経験則だから、人によって感じかたは異なるのかもしれない。


「あなた、名前は」

「遠山亜紀といいます」

「亜紀ちゃんと呼んでもいいかしら? 私より二つ年下なの」


慣れ慣れしいな、と思いつつもはあ、と頷く。この人との関係はこれでもう終わりのはずなのに。女性の温い手で私の人差し指に絆創膏が巻かれた。


「私は佐倉千歳。千歳でいいわ」


絆創膏の貼られた指をぼんやりと見ながらお礼を言う。


千歳はテーブルの上の荷物を全てまとめると、バッグにしまった。


「亜紀ちゃんにね、これからお見せしたいものがあるの。少しお時間をいただけるかしら」


正直なところ、早く帰って眠りたい。でも。もしかしたらうつが治るきっかけを掴めるかもしれない。


なんでもいいから知識は幅広く持っておこう。よくなるためにアンテナは張り巡らせておこう。


「お見せしたいものって」

「あそこにあるわ」


千歳は真っ直ぐ正面を指さす。


通りを渡ってホテルと高いビルの間に挟まれた、三階建ての建物。一階はなんの店だろうか。


シャッターが閉まっている。ゴールデンレトリバーが飼い主と共に通り過ぎていく。


「お店、もう閉まっているんじゃ・・・・・・」

「大丈夫。あそこの家のかたと知り合いなのよ。ちょっと寄っていかない」

「はあ」


千歳は立ち上がった。

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