第二話 復部
入学式から一週間が経った。
学食で昼飯を食い終えた俺は、教室でぼーっとしていた。
あの自己紹介をしてから、俺はクラスの中で浮いた存在になっていた。
そりゃ、そうだろう。
十五の中に二十一の奴が混ざってたら、敬遠されるのも無理はない。
周りの連中はついこの間まで中学生だった奴ら。
それに対して、本当だったら大学生の俺。
こうなることは分かっていた。
ただ、どんなものにも例外はあるもので――
「相原く~~ん!!!さっきの授業の数学教えて~~!!」
後ろからやかましい声が聞こえてきた。
さくらだ。
「まだ教科書の最初じゃないか」
「でも分かんないのよ~~!!」
「仕方ねえなあ」
俺はそう言って、さくらに数学を教えることにした。
さくらはやかましい少女だが、俺にとってはありがたい存在でもあった。
クラスの中で、唯一俺に話しかけてくれる人物だからだ。
ここ一週間で分かったことだが、さくらは誰にでも分け隔てなく接している。
例え相手が友人だろうが、怖い体育教師だろうが、俺だろうが、変わることは無い。
人間というものに対して、偏見とか先入観といったものを持ち合わせないのだろうか。
一種の才能だろう。
ひと通り教え終わった。
「相原くん、ありがとう~!!教える才能あるねえ~~!!」
「そうか、それは嬉しいな」
さくらは常に声が大きいからよく目立つ。
そして、俺みたいな奴と話しているもんだから余計に目立つ。
クラスメイトから、ちらちらと見られるのを感じる。
俺はさくらに小声で言った。
「なあ、俺みたいな奴と話してていいのか?」
「え?なんで?」
「なんでも何も、俺がこの教室で浮いていることくらい分かるだろ。お前もそういう目で見られるぞ」
「大丈夫だよ!だって相原くんはいい人だもん!」
いい人ねえ。
入学式の日に道案内をしてから、そう思われているらしい。
そうでもないんだけどね。
するとさくらは、ひょいとこちらに身を乗り出して顔を近づけてきた。
「ねえねえ、相談なんだけど部活ってもう入った?」
「いや、入ってないけど」
この足でとても運動部は無理だし、文化部でもこんな奴が来たら迷惑だろう。
「えー、じゃあさ……陸上部のマネージャーにならない?」
「マネージャー?」
「うん、そうなの。先輩から聞いたんだけど、道具の準備とかが大変だからマネージャーを採りたいんだって」
「でもなあ」
「昔陸上部だったんでしょ?勝手が分かる人にやってほしいの!!お願い!!」
まあ、いつも話しかけてもらってる恩もあるしな。
入部……いや、復部といくか。
「いいよ、やるよ。放課後にグラウンドに行けばいいか?」
「うん、それでお願い!!先輩には伝えておくから!!!」
二十歳過ぎて高校の部活に入ることになるとはね。
放課後になり、俺はグラウンドへと向かった。
「相原くーん、待ってたよー!」
グラウンドの向こうで準備体操をしていたさくらが声を掛けてきた。
「今、部長のとこに連れて行くからー!」
本当によく声の通る奴だなあ。
体操を終えたさくらと合流し、部長とやらのところに連れて行ってもらった。
そこには、ガタイの良い男子と細身の女子が待っていた。
すると男子の方が大きい声で、
「君がマネージャーの相原くんか!」
と言ってきた。
「はい。相原翔太です」
「俺は部長の
そう言って手を差し伸べてきた。
俺はその手を取り、握手をした。
女子の方はずっと黙っていたが、静かに口を開くと
「……
とだけ言った。
今度はこっちから手を差し伸べてみたが、握手はしてくれなかった。
「悪いな、相原くん!!いや、相原!!こいつは人見知りなだけだから気にするな!!」
「……別に、そういうことじゃない」
この岡本というのはずいぶんと距離の詰めてくる人間だな。
さくらと同種の人間なのかもしれない。
それに対し、倉野というのはなかなかガードが固いようだ。
俺の噂は全校中に広まっているらしいから、倉野はそれで警戒しているんだろう。
そのあと、部室なんかを案内してもらって仕事内容の説明を受けた。
基本的には、練習道具を準備したり部員たちのタイムを測ったりするのが仕事らしい。
空いている時間には好きな事をしていいと言われたので、暇なときは携帯でブログでも書いているとするか。
ひと通り説明が終わり、倉野は先に練習に戻って行った。
岡本はそれを見届けたあと、俺の方を向いて話しかけてきた。
「相原、君の年齢のことは皆知っている。笹野先生はそれで君が浮いていることを心配していた」
そういえば、笹野先生は今年から陸上部の顧問になったと聞いた。
新卒二年目なのに担任と顧問を任されててんてこまいだと話していた。
岡本は話を続けた。
「だが、うちの部では君を浮かせるような真似はしない。むしろ陸上経験者の君がマネージャーとして入部してくれて皆感謝している。どうか安心して仕事してくれ」
「ありがとうございます。本当にありがたいです」
俺とは四学年差のはずなのになんて立派な人間なんだろうか。
そんな年下の人間に配慮してもらってありがたいというか、情けないというか。
その日の部活が終わり、俺は帰途についた。
さくらの家は同じ方向らしいので、一緒に帰ることにした。
「相原くん、どうだった?部活」
「皆いい人で安心したよ。特に岡本先輩には助かった。倉野先輩にはまだ気に入られてないみたいだけど」
「倉野先輩にはねえ~!さっき『なんでこんな奴連れてきたのよ』って感じの目されたんだよね~!怖かった~!!」
全然怖くなさそうな感想だな。
「まあ、そりゃそうだよな。この年の男が入学してきたら、年頃の女の子は気にするよな」
「え~?全然気になんな~い!」
お前はもうちょっと気にしろよ、と思っていたら後ろから自転車の音がした。
乗っているのは……たしか
同じクラスで、こいつも陸上部だ。
皆川は俺たちに近づくと自転車を止め、話しかけてきた。
「あのー……相原くん?」
「なんだい?」
「さっき、部室で……いや、やっぱなんでもない」
皆川はそう言うと自転車で走り去ってしまった。
「なんなのよ陽太ーー!!」
さくらが皆川に向かってそう叫んだ。
皆川は部室で何を見たんだろうか。
俺の昔の……いや、杞憂か。
この部にとって、俺は「黒歴史」だからな。
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