今度こそ、ゴールテープを

古野ジョン

第一話 失敗しても、何度でも

 川沿いの遊歩道を歩きながら、綺麗に咲いた桜に目をやった。

いつも歩いている道なのに、今日は懐かしい気分で歩いている。

周りを見ると、真新しい制服に身を包んだ高校生が多く歩いている。

なんだか保護者のような目で見てしまうが、俺もそのうちの一人だ。


 今日は若野木わかのき高校の入学式。

進学実績そこそこ、部活の実績もそこそこ。

どこにでもある、普通の高校だ。

俺の名は相原翔太あいはらしょうた

春からこの高校に入学する。


 さて、感慨深く道を歩いていたのだが――

既に遅刻しそうになっている。

周りにも新入生がたくさん歩いていたから安心していたが、歩くのが遅くて置いて行かれていたらしい。

この年になって初日から遅刻というのは避けたい。

重たい足をなんとか前に運んで、高校にたどり着いた。

「そこの君、遅刻ギリギリだぞ!!」

校門で教師に急かされた。

俺はそれを聞き、急いでいるふりをして校舎の方へと向かった。

ギリギリということは、間に合ったということだろうか。

校舎の玄関に、クラス表が貼ってあった。

俺は一年一組らしい。

下駄箱で持ってきた上履きに履き替えていると、校門の方から長い髪の少女が走ってきた。

遅刻ギリギリだからか、かなり慌てた様子で靴を履き替えている。

少女は教室へ向かおうとまた走りだそうとしているが、俺はそれを声で制止した。

「おい、お前」

「え、私ですか!?」

「そっちは職員室だ。一組だろ?」

「なんで知ってるんですか!?」

「一組の下駄箱使ってるのを見りゃ分かるだろ」

「あ、そうですね」

少女は少し落ち着きを取り戻した。


 俺は少女を教室まで連れて行った。

教室は少しがやがやしていた。

黒板に貼ってある座席表を見て、俺は一番右の最前列に座った。

さっきの少女は俺の後ろの席だった。

少し経つと、女の教師が前の扉から入ってきた。

「みんな、揃ってるかしらー?」

その声を聞いて、皆静かになった。

「入学おめでとう!私は笹野京子ささのきょうこ。今日から皆の担任だから、よろしく!」

なんだかノリが軽い教師みたいだな。

「早速だけど、そろそろ入学式の時間ね!皆で並んで、体育館に行きましょうか!」

そう言って、笹野先生は皆を立ち上がらせた。

皆が列を作っている間、笹野先生が声を掛けてきた。

「えーと、相原くん?よね?」

「そうですが、なんの用ですか?」

「挨拶の原稿、考えてきたかしら?」

……。

忘れてた。

入学式で挨拶を任せるから考えてこいと言われていたんだった。

どうやら首席入学らしいからな。

俺なんかが首席で大丈夫かねえ。

「まあ、大丈夫です!!」

俺はそう答えた。


 さて入学式が始まった。

「えー、皆さんにはこれからの時代を担っていくべき人材ですから、わが校の精神に則って~」

などと校長が延々と挨拶をしている。

俺はその間に必死に挨拶原稿をひねり出していた。

校長の話が長いのに感謝したのは、人生で初めてだ。

「校長先生、ありがとうございました。続いては新入生代表の挨拶です。相原翔太さん、お願いします」

「はい」

俺は返事をして、壇上へと上がった。

そこからは適当にそれっぽく考えた言葉を並べてどうにか時間を稼いだ。

だけど最後に一言、

「失敗しても何度でもやり直す。そういった心持ちで、青春時代を送りたいと思います」

と締めた。

その後、壇上から降りるときにこけそうになったりしたが、なんとか無事に入学式は終わった。


 教室に戻って椅子に座ると、後ろから声を掛けられた。

「ねえねえ、相原くん!!」

「なんだ?」

「さっきの挨拶、自分で考えたんでしょ~?すごいなあ~あたしには絶対出来ないよ~~!!」

即興で考えたわりにずいぶんと感動を呼んだらしい。

コピーライターにでもなろうかな。

「ところで、名前は?」

「あたし、井野いのさくら!さくらって呼んでね!」

なんだか底抜けに明るいという感じだ。

「相原くんはどこ中?」

「ああ、近くの若野木第二中だよ」

「へえ~。あたしは一中!よろしくね!」

若野木第一中卒ということか。

「相原くんはなんか部活とかやってたの?」

「う~ん、一応陸上をね」

「え!あたしも陸上部!」

「へえ」

「でも、二中の陸上部に相原なんて人いたかなあ~?」

「まあ、昔のことだから」

「え~?何それ~?」

さくらは大きく口を開けて笑っていた。


「は~い、皆入学式お疲れさま~!!」

間もなく、笹野先生が教室に戻ってきた。

笹野先生はひと通り授業のことや部活のことについて説明してくれた。

そして、「では今日は自己紹介をしましょう!!」

と言ってきた。

「では出席番号一番、相原くん!お願いね!」

やれやれ、俺からか。

あ行の名字を持つ人間の宿命だな――

などと思っていると、後ろから

「えー先生、あ行の人間の気持ち考えてくださいよー!いっつも最初なんですよー?」

と声がした。

さくらの声だ。

同じことを考えていたようだ。

笹野先生はそれを聞いて、

「それもそうねえ。じゃあ、一番最後からにしましょう!!」

やっぱりノリ軽いな。


 それからクラスの皆が自己紹介を始めた。

やりたい部活のこと、将来の夢のこと、好きなアイドルのこと。

皆が思い思いに語っていた。

次はようやくさくらの番だ。

「井野さくらです!一中出身です!陸上部入ります!!よろしくお願いいたします!!」

ぱちぱちと拍手が起こった。

端的で良い挨拶だな。


 そして、俺の番がやってきた。

俺は立ち上がり、皆の方を向いた。

すうっと息を吸い、皆に語りかける。

「初めまして、相原翔太といいます。二中出身で、趣味はブログです。そして――」


「今年で二十二歳になります。よろしくお願いします」

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