第16話 フーちゃんのーちょっといいとこーみてみたいー

 ――残り時間4:42


 二人の詠唱が終わると、魔法陣に描かれた白線が光り出した。

 その中、リスティアは魔法陣へと歩み入り、フェニックスへと向かう。


「さあ、フーちゃん、ちょっとがんばろっかー」


 怯え気味のフェニックスを小脇に抱えたリスティアは、赤い宝玉を手に取ると、フェニックスの口元にそれを運んだ。


「はい、あーん」


 宝玉はフェニックスの身体半分くらいの大きさだ。

 明らかに、その小さな口には入りきらないサイズ。

 だが、しかし、覚悟を決めたらしきフェニックスは懸命に口を開く。

 リスティアが躊躇なく押し込むと、宝玉はスルリとフェニックスの体内に消えていった。


 質量保存の法則とか、そこら辺の物理法則を一切無視した、摩訶不思議な現象を目の当たりにし、「まあ、異世界だしなー」とオレがスルーしているうちに、フェニックスは2つ、3つと立て続けに宝玉を飲み込んでいく――。


 このまま何事もなく最後までいくのかと思っていたが、4個目の宝玉を飲み下したところでフェニックスに異変が生じた。


「きゅぃぃぃ」


 力ない声を上げ、ぐったりとしている。

 食い過ぎで動けなくなかったメタボ中年みたいなだらしない格好。

 さっきまでの愛くるしい姿が嘘のようだ。

 端から見ているオレにまでそのツラさが伝わってくる。


 だけど、リスティアさんには一切の容赦がないようだ。


「フーちゃんのーちょっといいとこーみてみたいー」


 無慈悲にも紫の宝玉をフェニックスの口元に近づけていく。


 もうやめて! フェニックス死んじゃうよ!


 フェニックスも必死に首を小さく横に振り、「ムリムリムリ」と自らの限界を懸命にアピールするが――。


「あれー、わたしのー言うことー聞けないのかなー?」


 満面の笑みのリスティアさん――怖いっす。怖すぎっす。


「べつにいいんだよー。してもしなくてー。フーちゃんの自由だからねー。どっちでも好きな方選んでねー」


 その言葉にフェニックスの顔が絶望に染まる。

 そして――すべてを諦めた抜け殻のような死んだ表情で、フェニックスは機械仕掛けみたく口を開いた。


「それー、いっきいっきー」


 リスティアは嬉しそうにフェニックスの口に宝玉を押し込んでいく。

 なんかスゲー生き生きしてませんか、リスティアさん?

 死にかけてるフェニックスとの立場の差が残酷すぎる……。


 なんとか根性を見せて、フェニックスは宝玉を飲み干した。


 フェニックスは頑張った。限界を超えて頑張った。

 赤くフサフサだった毛並みは、くたっと萎れ、両目からはハイライトが失われ、口からは「うぷぅ」とリバース3秒前な状態だ。


 ――もういいよ。オマエはよくやった。後はゆっくり休んでいろ。


 そう声をかけてやりたくなるが――悲しきかな、現実は残酷である。


「ほーら、最後のいっこだよー。フーちゃん、がんばー」


 リスティアが最後に残った銀色の宝玉をフェニックスの顔の前でチラチラと振ってみせる。


 無情な死刑宣告はフェニックスの耳に届いただろうか?

 力尽きぐったりとしているフェニックスはリスティアの言葉になんの反応も示さない。

 しかし、リスティアは言葉を続ける。


「あれー? がんばんないのー? ギブしちゃう? ギブしちゃってもいいよー。ギブしちゃおっかー?」


 フェニックスの身体が反射のようにピクリと震えた。


「でもー、フーちゃん、覚えているよねー。この前ギブしたときのことー」


 それを聞いたフェニックスは勢いよく飛び起きた。

 顔は死んだままだったけど……。


「あれー? いけるのー?」


 全力で首を縦にガクンガクンさせるフェニックスがそこにいた。

 目は虚ろなままだったけど……。


「そっかー、残念だなー」


 いやいやいやいや。

 全然残念じゃないっすよ、リスティアさん。

 当初の予定通りじゃないっすか。

 フェニックスもメチャ頑張ってるじゃないっすか。

 なに、「ギブした方が面白かったのに……」みたいな態度なんすか。

 つーか、ギブするとどうなるんすか?

 めっちゃ気になるけど、怖すぎて聞きたくないっす。

 いや、マジ、リスティアさん、怖すぎっす。


 ――と思わず敬語になっちゃうくらいだった。


「でもさ――」






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ちょっとキツめのヤツ、一発いっちゃおうかー』


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