第8話 立っているだけの簡単なお仕事です!

「うわっ、さぶっ」


 転移したそこは、氷の洞窟だった。

 床も壁も天井も全て、デコボコした厚い氷に覆われていて、痛いくらいの寒さが肌に突き刺さる。


 ――と、大きく身震いした拍子に、足を滑らせたオレは盛大にコケてしまった。


「いててて」

「勇者さま〜、大丈夫〜?」


 尻餅をついてしまったオレは、リスティアが差し伸べてくれた手に掴まって立ち上がる。

 立ち上がるときにもう一度滑ってコケそうになったが、リスティアに掴まって、なんとか事なきを得た。

 リスティアが鎧姿をしていて良かったような、残念なような……。


「時間がありませんので、イチャイチャ禁止です」

「いや、これは別にイチャついてるわけじゃなくて――」

「きゃ〜、勇者さまもっと〜」

「禁止です」

「だから違うって。つーか、コレ寒すぎだろ。足元も滑るし。なんとかならないの?」


 オレはブルブルと震えながらアピールしてみる。


「ウォーム。アンチスリップ。もう大丈夫です」


 イーヴァが呪文を唱えると、オレの身体を光が一瞬包み込む。

 言った通り、寒さは急激に薄れ、肌のサブイボも消えていった。

 その場で足踏みしても、もう滑ったりしない。


「おお、こりゃ便利だ。というか、だったら、最初から魔法かけておいてよ」

「転移の際に魔法の効果はキャンセルされますので」

「へー、そういうもんなのか」


 納得納得。


「そういえば、二人は平気なの?」


 さっきイーヴァが魔法を使ったとき、光りに包まれたのはオレの身体だけだった。


「この鎧着てるから平気だよ〜」


 リスティアが自慢気に見せつけてくる。


「私もこのローブがあるので」


 なんでも二人の装備ともに、暑さ寒さや滑ったり諸々を無効化するぶっ壊れ装備らしい――うっ、羨ましくなんかないもん。


「では時間もありませんし、さっそく移動いたしましょう」


 イーヴァを先頭に洞窟の狭い通路を進み始める。

 ちなみに、今回はリスティアはオレの隣にはいない。

 とはいっても、オレがセクハラして嫌われたとかじゃないから、ご安心。

 てゆうか、今の姫様の好感度MAX状態なら、多少のセクハラは無問題。むしろ、逆に好感度上昇で限界突破まである。喜ぶべきか、恐れるべきか……。

 リスティアが隣りにいない理由は、単に通路が狭く横に二人並ぶことが不可能だっただけだ。

 だから、リスティアはオレの後ろを歩いているのだ――と油断しきっていた。


「勇者さま〜〜〜」


 後ろから首元に思いっきり抱きつかれ、思わずバランスを崩し――かけたけど、あからさまに不自然な体勢で踏み堪えることができた。すげーなアンチスリップ。


「勇者さま〜あったかい〜〜」


 引き剥がそうとしてもビクともしなかったので、オレはリスティアを引きずったままで歩き続けることにした。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 百歩も行かないうちに通路は終わり、開けた場所に出た。

 体育館くらいの広さだろうか。天井はなく、周囲は切り立った崖になっている。


 ――ギャャャャャャ。


 遠くから大音量が響いてきた。ドラゴンの啼(な)き声だろう。


「来ます。準備を」


 「おっけー」とリスティアは返すが、オレはどうすれば……と「勝手も分からないで現場に放り出された派遣社員な気持ち」でいたオレに、正社員からのアドバイスが飛んできた。


「シズク様はそこから動かないでいて下さい」

「あっ、はい」


 よしっ!

 「後ろをついて行くだけのお仕事」から「立っているだけのお仕事」にジョブチェンジだっ!!!

 喜んでいいのか??


 ともあれ、今のオレはレベル1勇者featuring布の服だ。することも、できることも、なにもない。

 ジャマだけはしないように、言われた通り二人を見守っているとしよう。


「換装(チェンジ)ヴァグニール完全武装(パーフェクトスタイル)モード炎(フレイム)」


 リスティアが高らかに唱え上げる。

 かっちょえー。中二全開で魂にビンビンくる。


 リスティアが身にまとっている装魔槍ヴァグニールは一瞬光りに包まれる。

 それが収まったとき、彼女の頭部は鎧と同色の黒い兜に完全に覆(おお)いつくされていた。

 そして、右手には3メートル以上もある長槍が握られ、その穂先は激しく燃え盛るオレンジ色の炎に包まれていた。つよそう。


「極大属性付与(スープリーム・エンチャント)モード炎(フレイム)」


 続いてイーヴァが唱えると、リスティアの槍を包む炎がひときわ大きくなり、その色は青白く染め上げられた。


「無制限(アンリミテッド)物理(フィジカル)能力上昇(ブースト)」

「うおおおおぉぉぉーーー。みなぎってきたよーーーー」


 イーヴァのさらなる魔法がリスティアの全身を光らせる。

 副作用なのか、リスティアのテンションもアゲアゲだ。


「絶対障壁(アブソリュート・バリア):聖域(サンクチュアリ)」


 そして、イーヴァが短く唱えると、オレと彼女を包み込むように白い光の半球ドームが出現した。


「さあ、これで準備は整いました。この中は安全ですので、ここから出ないようにお願いいたします」

「おうっ!」


 さーて、勇者としての初戦闘のスタートだ!

 いっちょ、やり遂げてみせますか――立っているだけの簡単なお仕事を!!!







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ドラゴンやばくね? でも、姫様もっとヤバくね?』


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