第十五話 え、俺、サイクロプスと婚約ですか?

 今日は家にいなさい、いつもと違う緊迫した空気を父親から感じる。

 巨大な魔獣がバンダル山を下りているのを、観測班が目撃したらしい。

 村はかつてない程の緊張感に包まれていた、父親も朝から見た事ないフル装備だ。


 ママも水魔術教団幹部としての力を振るうらしく、いつもと服装が違う。

 スケスケだ、おっぱいの辺りはスケスケだし、股間の辺りもスケスケだ。

 水魔術教団のお姉さんが着ていたのと同じ服装、これを着ると水魔術の威力が上がるらしい。


 エロエロだ。とてつもないまでにエロエロな装備だ。

 俺、魔術学校じゃなくて水魔術教団に入りたいって、心の底から思った。


「で、どうしてウチにいるのよ」

「一人だけで家に置いておく訳にはいかないってさ」

「ごめんねニーナちゃん、私達も一緒に来ちゃって」

「なるべく静かにするから……ね?」


 牧場を営んでいるニーナの家が一番大きくて頑丈だ。

 という理由なのかは知らないが、いつもの仲良し四人組がニーナ家に集合している。


「ティアちゃんとレミちゃんは別にいいの。ユーティは魔術師の素質があるんだから、一緒になって戦ってくればいいじゃない」

「バカ言うなよ。俺が出来るの魔術にぎりっぺだぞ? あんなの魔獣に効くかってんだ」

「ユーティくん、魔術師の素質があるの?」

「レミちゃん、ユーティ、六歳になったら魔術学校に入学するんですって」

「え……魔術学校? ユーティ、それ本当?」


 同じ話を二度三度するのは面倒だが、残念なことに時間だけはある。

 かくかくしかじかと説明すると、そうなんだ……とレミとティアは意味深な顔になった。


「魔術学校のこと、二人は何か知ってるの?」

「詳しくは知らない……でも、かなり遠いって聞いたことある」

「かなり遠い? それってどれぐらいなんだ?」

「……多分、村に帰って来れないんじゃないかな」


 一気に部屋の雰囲気がぐっと重くなった。

 え、帰って来れないって、マジで言ってる?

 俺的には毎日通学って感じでいたんだけど。帰れないの?


「ユーティ、ご両親に魔術学校の話とか聞いた?」

「あー……何も聞いてない」

「馬鹿ね! そんな大事なこと何で聞いてないのよ!」

「バカって言うな! 俺だってもっと近いとばっかり思ってたのに。じゃあ水魔術教団に変えてもらおうかな、あそこだって水魔術は学べるんだろうし」

「ユーティくん……水魔術教団だって、馬車で二週間はかかるよ」


 馬車で二週間。通うのは無理っぽそ。

 

「え、ちょっと待って、水魔術教団よりも遠いって事か? それって――――」


 ズシーン…… ズシーン……

 魔術学校に関する話題の途中で、急に家全体が揺れ始めた。


「きゃああああああああああぁ!」 

「地震!? 結構大きい!」

「……っ!」


 いきなりの激しい揺れに、テーブルの下に逃げ込んだり、必死に何かに捕まったり。

 でも、俺はというと、そんな揺れの中、窓の外の異変に一人気付いていた。


 巨大な何かが歩いている。

 父親が言っていた、巨大な魔獣がバンダル山を下りているって。


「魔獣……」

「魔獣!? 魔獣が地震を起こしているの!?」

「違う、こっちに向かって歩いてきてるんだ!」


 ズシーン…… ズシーン…… 

 嘘だろ、魔獣は両親が倒しに行ったんじゃないのか?

 倒しに行ったはずの両親が来なくて、魔獣が村に近づいてきてるって、そんな。


「……ユーティ?」

「俺、外に行ってくる」

「だ、ダメだよ! なに言ってるの!?」

「パパとママの仇だ、絶対にあの魔獣をぶっ殺してくる!」

「あ、ちょっと、ユーティ!」


 パパとママが殺されるはずがない、どんな魔獣だってあの二人なら絶対に倒すはずなのに。

 家から外に出ると、山のように超巨大な魔獣の姿があった。


 ズシーン…… ズシーン……


 一歩一歩がとても大きくて、木とか家とか、触れただけで滅茶苦茶にされそう。

 あんなのが相手じゃ、勝てるはずがない。


「でも、俺は勇者を目指してるんだ」


 勇者とは、勇気を与える者だ。

 強いだけじゃない、賢いだけじゃない、人々に勇気を与える存在が、勇者なんだ。


 だから、涙でいっぱいになっちゃうけど、俺は絶対に逃げない!

 例え刺し違えてでも、この巨大魔獣をぶち殺してやるんだ!!!


『アラ、ココニイタノネ』


 地響きが止まると、次は変な声が聞こえてきた。

 声が巨大過ぎて、耳が痛い。


『勝手ニイナクナルカラ、心配シチャッタ』


 しゃがみ込んで、山が俺を見下ろす。

 俺を見ているのか? 単眼の巨人……違う、俺を見てるんじゃない、俺の後ろだ!


「ガウ君!」

「ガウ?」

『アラ、ガウ君ッテ名前ジャナイワヨ? ジェシー、オイデ』


 ジェシー? この巨人、もしかして――


「もしかして、ガウ君のお母さんですか!?」

『ダカラ、ガウ君ジャナイ……マァ、ソウ呼ビタイナラ、ソレデモイイケド』

「すいません! ガウ君はお返しします! だから、これ以上村を破壊しないで下さい!」

『……デスッテ、ドウスル? ジェシー?』


 俺の背中に張り付いたまま、ガウ君は動かない。


『ソウ、分カッタ。ママハ帰ルカラネ。……人間ノ子』

「はい!」

『ジェシー……ウウン、ガウ君ハ、オ前ヲ気ニ入ッタミタイ。可愛イオ嫁サンニシテアゲテネ』

「はい! 分かりました! 可愛いお嫁さんにしてみせます! ……お嫁さん?」

『ジャア、ママハ帰リマス。オ騒ガセシテゴメンネ』


 ズシーン…… ズシーン……


 ちょ、ちょっと待ってくれ、お嫁さんって一体どういう事なんだ。

 お嫁さんって、ガウ君をお嫁さんって、一体どういう事なんだー!



★☆★☆★



「単眼種族科、サイクロップス族。この種族は基本的に雌しか存在しない。他種族から子種を分けてもらう事で、子孫を繫栄させていく。基本的に他種族、他動物問わず、子種であればどんな生き物であってもサイクロップス族は妊娠が可能である……だって。良かったね、ユーティの子種でも妊娠するってさ」


 ニーナ家の百科事典って何でも書いてあるんですね。

 ガウ君もガウガウって言いながら頷いてる。 


「私知らないわよ? サイクロップス族と婚約破棄なんかしたら、一体どうなる事か。おかしいと思ったのよね、普通悪意ある魔獣が近づいてきたら、リンリン達が臨戦態勢に入ってもおかしくないんだもん。それが無かったって段階で、あの魔獣に悪意は無かったって事よね」

「そ、そうかもしれんが……俺にとっては最強最悪な悪意があったような」

「ま、頑張ってね、魔術学校の件とか、色々とさ」

 

 そ、そうだった、両親に魔術学校の件について話を聞かないと。

 そう思っていたのに、警護団からガウ君の件について根掘り葉掘り質問攻めにされ。

 家に帰ったら父親にこってりと絞られて、その日はもう何ていうか、最悪だった。

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