第十二話 ユーティ、ヒーローになる。

「え……今日は、私が家にいる日?」

「そうよ。私の病気が移ったのは間違いないんだから、今日はレミがユーティの看病を受ける日」

「別にそんな」

「いいから。じゃあ、ユーティ呼んでくるからね」


 義理堅いなぁ。それとも、仕返しのつもりかしら?

 病気が移ったって言っても、咳が出る程度なのに。


 ……今日もママとパパは街でお仕事の日か。

 じゃあ、ユーティくんにうんと甘えるのも、悪くなかったりしてね。


 ――コンコン


 え、もう来たの? まだティアが家を出てから全然時間経ってないのに。

 走ってきてくれたのかな? 優しいユーティくんの事だから、全然あり得そうで笑える。

  

 ――コンコンコン


「ふふっ、そんなに急かさなくても大丈夫だよ。今日はありがとうね、ユーティ……」


 玄関を開けると、全然知らない男の人が立っていた。

 目が血走ってて、一瞬で危険な人だって頭の中に警鐘が鳴り響く。


「レミたん、みーつけた」



★☆★☆★



「はいこれ、家の鍵」

「またー? ティアもすぐに元気になったんだし、どうせ軽い病気なんだろー?」

「いいから行きなさい、私だけユーティに看病されるのとか、不公平なの」


 意味分からん。 

 看病に公平も不公平もないだろ。


 だけど、普段レミは優しいからな。

 凶悪なコイツとは違って。


「なによ」

「いんや別に。それじゃ看病とやらに行ってくるぜー」

「あ、ちょっとユーティ」

「ん?」

「寝汗拭くのとか、しなくていいからね」

「は?」

「あと、水魔術でトイレの代わりも禁止ね」

「マジかよ、じゃあ俺一体何しに行くんだ?」

「顔見に行けばいいのよ。ほら、走ってとっとと行く!」


 ケツ蹴られて強制的に走らされた。

 ブース! ブース! って叫んだら鬼の形相で追いかけてきたけど。 

 アイツめっちゃ元気になったんだな、良かった良かった。


 さてはて、またしても二人の家に鍵を持って到着した訳なんだが。

 おろ? 鍵が開いてるな。ティアのヤツ閉め忘れたのか? にしちゃ部屋が荒れてるような。

 水魔術を家の中で使ったのか? 床が濡れてて、足跡が沢山…………大人?



★☆★☆★



「はぁ、はぁ」

「レミたん、水魔術とか危険だから、やめとこうね」


 ヒルネ先生から、女の子は護身の為に水魔術を覚えた方が良いって言われた理由、理解した。

 世の中にはユーティくんみたいな男の子だけじゃないんだ、本物の変態がいる。


「水魔術:金剛ダイヤモンド切断カッター!」

「おっと危ない、そんな魔術まで使えるんだね、レミたんは」


 勢いよく噴出した水の刃を、男があっさりと避けた。

 もうダメ、体内の水が全然ない。使い過ぎた、脱水症状で、フラフラする。


「ふふふっ、水魔術は水場で使うべき魔術なんだよ? 依り代って言うんだけど、レミたんは知らなかったのかな? ぐふふっ、もう水は出せないみたいだね」

「……ち、近寄らな、いでよ、変態……」

「ダメダメ、ご両親が帰ってくる夜まで、まだまだたっぷり時間がある。それにティアちゃんも帰って来るんじゃないのかな? そうしたら、オジサンと三人で目一杯楽しめるじゃないか」


 コイツ、全部調べてから来てるんだ。

 計画的な犯行、ティアまで狙ってるとか、信じられない。


「ティアに手を出したら、許さないから」

「健気だねぇ。じゃあ、レミたんがオジサンを楽しませてくれたら、ティアちゃんは勘弁してあげようかな?」

「…………」

「どうする? オジサンはどっちでもいいんだよ?」

「………………わかった」


 お姉ちゃんだから、妹は守らないといけない。

 私が犠牲になることで、妹が助かるのなら、それでいい。

 ……良かった、この場にティアがいなくて。


「ぐふっ、ぐふふっ、じゃあ早速、楽しもうかなぁ」

「……っ」

「ほら、パンツも全部脱いだよ。可愛いレミたん」




 ……いやだ。

 助けて、ユーティ。




「いくぜ!」

「ん?」

「超スーパーウルトラミラクル人間蒸気機関にぎりっぺスマーーーーーーーッシュ!!!」


 説明しよう! ユーティには正義感熱き父親※氏名不詳の炎の魔術と、実は水魔術教団幹部だった程の実力者である母親、ヒルネの水の魔術の才能が全力で受け継がれている! 彼の左手から噴出する水を一瞬で蒸発させる程の火力を秘めた右手が合わさった時、ユーティを中心とした半径5メートルの室内温度が三℃、湿度は五十パーセントも上昇するのだ! つまり、ユーティの右手の温度は百℃を超える! 更に! 彼の右手の熱伝導率は最高である銀を超え、握り締められた蒸気は圧力により限界を超えて、既に計測不可能な程に熱せられているのだ!


 そんな蒸気が今! オジサンの肛門へと叩き込まれたのである! 


 ――――ジュッ!


「あぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「うるせぇ! もう一発叩き込むぞ変態が!」


 ――――ジュッ!


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 絶叫しながら悶絶して転げまわったオジサンは、そのまま柱に頭を巨強打して倒れ込んだ。 


「大丈夫かレミ! 乱暴とかされてないか!?」

「……大丈夫、大丈夫……うえ、うええぇ」

「遅くなってすまねぇ! もう大丈夫だからな!」

「ユーティ……ユーティ」

「大丈夫だ、もう大丈夫だから……レミ? レミ!」



★☆★☆★



 ユーティくんに抱き締められたあと、私は脱水症状で意識を失ってしまった。

 すぐに村の大人達が集まって、不審者はその場で確保、警護団が連行したらしい。


 かっこいい……どうしよう、ユーティ君かっこいいよ。

 優しいしかっこいいし、大好きで大好きでしょうがない。


 どうしよう、好きになっちゃいけないのに。

 ティアだって彼に惚れてるって知ってるのに。

 

 どうしよう……なんでこんなに大好きになっちゃったの。

 いつだって一歩引いて彼を見てたのに、好きになっちゃうって分かってたのに。

 

「……ティア」

「レミ、もう大丈夫?」

「うん」

「良かった……ユーティ、凄いね。本当に勇者になっちゃうのかもね」


 彼は勇者を目指している。

 理由は分からない。でも、もし本当に勇者になるのだとしたら。

 もしかしたら、ニーナもティアも、二人ともフラれちゃうのかもしれない。


 だって、勇者という存在には冒険がつきものだ。

 ずっとこの村にいる訳じゃない。

 もし、時間が沢山経過して、ニーナもティアも他の人と結婚していたら。


「……その時は、私が結婚しても、いいよね」

「レミ?」

「……ふふっ、なんでもない」


 お姉ちゃんだから、私はいつも妹の事を考えるんだ。

 だけど、自分の幸せだって、ちょっとぐらい考えても、いいよね。

 ユーティ……大好き。

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