第九話 お隣のドラゴン牧場。

 最近勇者になる為のトレーニングをサボっている気がする。

 水魔術でゴタゴタしてたからとはいえ、言い訳をするなんて男らしくない。

 明日からは頑張らないと……でも、何を頑張ればいいんだ?


「今日も勇者の本でいいの?」

「うん」


 勇者の絵本、以前読んでくれた『宿屋に一泊の勇者物語』は家から消えてしまった。

 けど、我が家には既に新しい勇者の本が用意されている。

 きっと足らない情報は本が教えてくれる、その為にも勇者の本を読んでもらわねば。


「ユー君は本当に勇者になりたいのね、ママ嬉しいなぁ。でも、無理しないで、優しい大人になってくれれば、ママはそれでいいからね」


 言われながら、母親のお股、定位置へと移動する。

 母親のおっぱいを頭に乗せながら、絵本を読まれること五分。

 ふわりふわりと夢うつつになりながら、母親の音読の声が聞こえてくる。


――わるいまおうさまは、つよいゆうしゃにたじたじです。

――わるいまおうさま「このままではたまらん! つよいまものをしょうかんするぞ!」

――なんと、わるいまおうさまは、ひとつめのおおきいまじんをしょうかんしたのです。

――ひとつめのおおきいまじんは、あたりをこわしながらこうげきしてきます。

――このままではつよいゆうしゃはまけてしまいます。

――そんなとき、ゆうしゃをまもらないとと、そらからこえがきこえてきました。

――こえのぬしは、おともだちのどらごんくんだったのです。


「ドラゴン!」

「きゃむ!」


 突然のひらめきに飛び起きたら、頭に乗せてたおっぱいを思いっきり持ち上げてしまった。

 上を見ても母親の下乳が見えるばかり、ぷるぷる震えてて、母親の声が聞こえてこない。

 

「ママ」

「……大丈夫、ママのおっぱいが自分の口の中に入っただけだから」


 ……? 

 

「本当に大丈夫だから。それよりもユー君、怖かったの?」

「ううん」

「ドラゴンって急に叫ぶから、ママびっくりしちゃった」


 そうだ、勇者にはお供が必要なんだ。

 絵本の勇者だって一人で戦ってる訳じゃない。

 一緒に戦ってくれるドラゴン、きっとそういうのが必要なんだ。


 翌朝、朝日が顔を出すと同時に、俺はドラゴン探しへと向かう事にした。

 両親への書置きも残した、共に戦ってくれるドラゴンを見つけるまで、決して帰らないと。

 

「朝から遊んでて暇そうね」

「ニーナ」

「ちょっとは家の手伝いでもしたら? それに暇ならウチの牧場手伝ってよ」

「ダメだ、俺は今からドラゴン探しに行くんだ」

「あらそう、丁度良かった。最近ウチでドラゴン牧場もやる事に決まってね」


 ドラゴン牧場もやる事に決まってね?

 一体何を言っているんだこのゴリラ女は。


「父さんが都会で話付けたみたいでさ、昨日から離れの厩舎にいるんだけど。観に行く?」


 観に行かない選択肢なんかない。

 ドラゴン牧場なんて絵本でも聞いた事がないぞ。

 

 家畜に成り果てるドラゴンなんて、きっと小粒の犬に角が生えた程度のチビドラゴンだろう。

 旅のお供になるようなドラゴンなんかじゃないさ、手乗りドラゴンとか、そんな感じかな。


「ブシュルルルル……グギャオオオオオオオォォォォォッッ!!!!!」


 なんだこの化け物は。

 犬のちんちんみたいなポーズとってるが、厩舎の天井を超えるぐらいデカいぞ。


「はいはーい、今から洗ってあげるからね。この肌色で大きいのがグレートドラゴンっていう飛ばない龍種のリンリンちゃんね。隣にいるのが飛竜って呼ばれる龍種、スカイドラゴンのミミちゃん。そして、この二頭が夫婦で、最近卵から孵ったのが巣の中の三匹のチビスケたちだよ」


 トグロを巻いて鎌首もたげてるのがミミちゃんで、巣の中にいる腐肉をかっ喰らってるのがチビスケ共か。


 チビスケじゃねぇだろ、どう見ても人間の大人サイズくらいはあるんですけど?

 しかも食べてるのも血付き肉だし、見ていて相当に獰猛そうなんだが? 

 ミミちゃんはミミちゃんで涎だらだら垂らしてるし、コイツ俺のこと餌か何かと勘違いしてねぇか?


「ほら、ユーティもおいでよ」

「いやいやいや……」

「怖いんだ?」

「怖くないし」

「じゃあおいでよ。リンリンとっても大人しいから、近づいても大丈夫だよ?」


 嘘じゃないだろうな? 本当だろうな? 

 ああ、ダメじゃね? ぶっとい牙をガチガチ鳴らしてんぞ?

 口元からチロチロと炎も出てるし、何か尻尾もビタンビタンし始めたし。


「ふっ、今日は止めとくぜ」

「逃げるんだ」

「うるせぇ! 家から出て十分で出会えるドラゴンなんか、お供として相応しくねぇ!」

「なにそれ」

「いーんだよ! 俺は俺のお供を探しに行くんだ! こんな家畜に成り果てたドラゴンなんか、ドラゴンじゃねぇ!」

「あ、ダメだよ、この子達、人の言葉理解出来るから悪口は――」


 ギロリと睨まれたが最後、俺は泣きべそをかきながら家へと逃げ去ってしまっていた。

 だがしかし、家には既に見つけるまで帰らないと書置きを残してしまっている。

 どうしたものかと走りまくった俺は、村の外れでとある生き物と出会うのであった。


「ママ」

「その子は……一つ目の魔人の、赤ちゃん?」


 手のひらサイズで小さい。

 コイツなら怖くない。

 ガウガウ鳴いてるからガウ君だ。


「僕、ガウ君を飼いたい」

「飼いたいって、ユー君」

「ニーナの飼ってるドラゴンよりも、ガウ君を強く育てたい」

「ユー君、生き物を育てるってね、とても大変なのよ?」

「大丈夫、責任もってガウ君を育ててみせる」

「ユー君……本気なのね。わかった、もうママ止めない! この子が大きくなるまで、ずっと一緒に育ててあげるからね!」

「ママ!」


 魔人が巨大化とかして困ったら、きっと父親がなんとかしてくれる。

 心のどこかでそう思いながら、一つ目魔人のガウ君を我が家へと招き入れるのであった。

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