第6章 40話 水色に染まる

「風花ー、スーフィアー!」


 ふいに、夏澄の声が響いた。彼は立ちあがり、風花たちに手を振っていた。


「そんなところでどうしたんだーっ? こっちおいでよーっ!」

 来いといっておいて、夏澄は風花のほうに跳躍してきた。優月も後に続いてくる。


「女同士で秘密の話?」


 夏澄は青い衣を揺らして着地する。


「そんなんじゃないわよ」

「ここは春ヶ原全体が見渡せるね」


 表情を明るくして、夏澄は春ヶ原を眺めた。風が流れて花びらが舞ってきた。


「また遊びに来てください。夏澄さん、スーフィアさん」

 優月は淀みのない声を響かせる。

「風花さんも」

 いって、風花に向きなおった。


「……ねえ、優月さんは幸せ?」

 風花はそっと訊いてみた。


「ええ、とても」

 優月は春ヶ原を眺めて、陽だまりのように微笑んだ。品があって優美で、これが彼の本当の笑顔なんだと思った。


 現実が厳しくても、草花ちゃんに叶わない恋をしていても、優月さんは春ヶ原を愛おしんでいる。


 優月さんは優しくて強い。きっと本当に幸せなんだ。


 風花はやっと、そう思えた。


 同時に淋しさが風花の心を覆う。

 夏澄と風花の心から、なにかが欠けてしまったと思った。


 まぶたの裏が潤んで、辺りの風景が薄い水色に染まる。もう少しであふれ出しそうだった。


 大きな大きなものが消えてしまったようで、淋しくて仕方ない。


 この世界を流れる大気にさらわれて、空の向こうに吸い込まれるように消えてしまった大きなものは、もう二度ともどらない。

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