第6章 34話 優月の心は春色に

 柑実の精霊の優月は、夏澄との会話が途切れた合間に、草花を見つめた。


 彼女は愛らしい笑顔で、竹とんぼを頭の上に乗せる。


 そんな草花を見ても、もう胸が灼けるように痛むことはなかった。

 草花の葉をつつくけん玉を見ても、過剰な拒否反応が起こることはない。


 動物たちを、心から可愛らしいと思える。


 すべてが幸せだった昔と同じだった。


 春ヶ原ができたときの感情のままに、周りを眺めることができる。


 まるで、本当にあの頃に時間がもどったようだ。


 葉の緑、花々の赤、安らぐ動物たち。

 なつかしくて愛おしい。

 心が暖かい春色に染まる。


 離れたところで、草を食んでいた鹿の風鈴が、優月に擦り寄ってきた。


 優月は風鈴の首を撫でる。

 愛しさが込みあげた。

 

 またこんな感情が取りもどせるなんて、夢のようだった。


 瞳を閉じると、そのまま眠りについてしまいそうなくらい、心は安らいでいた。

 春ヶ原の大地に頬をつけて、そのまま横になってしまいたくなる。

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