第5章 14話 悲しいことは

 うまく、やれますように。


 水色をした朝の空気の中、風花は霊泉への長い坂道を登っていた。


 わたしは霊力がないから、ほとんど役に立たないけど。

 夏澄くんの役に立てますように。


 息がひどく切れる。自転車のペダルを踏む脚が痛い。


 重い痛みが、脚全体に広がっていく。

 急ぐ必要はないのだが、脚に力が入ってしまう。


 風花はペダルを踏み続けた。 藤原の御泉に着くと、自転車置場に向かう。


 ペダルから脚を離すと、すーっと痛みが抜けていく。 髪の間を吹き抜ける風が、心地よかった。


  風花がつけている白いリボンが、ふわふわ揺れた。

 御泉公園に入ると、緊張が込み上げてきた。


 ……今日こそ、夏澄くんたちの役に立てますように。

 春ヶ原を護れますように。


  脇の道に咲くたんぽぽに、暖かい色の陽射しが差していた。


 優月さんの体調はどうだろう。

 もう、悲しいことは起きませんように。


 水芭蕉の群生地の横の道を抜け、霊泉の前に立った。辺りには夏澄たちどころか、誰の姿もない。


 だが、夏澄たちは結界の中にいるはずだ。


「夏澄くん……?」

 風花は、そっと声をかけてみる。


『風花……』


 しばらくすると、夏澄の澄んだ声が頭の中に響いた。

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