第2章 27話 月お兄ちゃん

「ど、ど、ど、どうしようっ」


 風花は思わず、結界を出ようとした。背後から、夏澄に止められる。


 月夜は小川沿いの道を、あたりを見回しながら歩いてくる。霊泉の前で立ち止まった。


「あの人、風花のお兄さんなの?」


 夏澄がささやく。


 夏澄の声はどこか虚ろだった。


 心がここにないような瞳をしている。さっきの名前の話が途切れてしまったからだろうか。


 月夜には、結界の中にいる風花たちが、完全に見えていないようだ。


 視線が風花たちで止まることはない。


 大体、なんで月お兄ちゃんがここに?!

 お兄ちゃん、水辺とか好きだっけ?


 しばらく霊泉の前にいた月夜は、ふいに向きを変えた。道をもどっていく。


 入口近くの駐輪場まで行くと、風花の自転車に、確認するように手を乗せる。ため息をつくと、駐輪場の鉄柱に寄りかかった。


 細い指で額を押さえて、目をとじる。


「お兄さん、風花を捜しに来たんだね」

 風花は気まずくうなずいた。


 早く帰らないと……。


 じゃあ、どうしよう。ま、まず、見られないように結界から出て。

 それからー。


「風花、こっち」


 風花が考えを巡らせていると、ふいに夏澄が風花の手を引いた。結界を出、林のほうに歩く。


 え?! と思ったが、月夜が風花たちに気付く様子はなかった。


「だいじょうぶ、幻術だよ」


 夏澄は木々の間を、ゆっくり進む。一番太い木の裏側に回った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る