第2章 6話 ひろあのゲンコツ

「あ、でもね、聞いてよー」

 ひろあは眉を寄せて、ベンチに両手をつく。


「あたしたちね、なんか、うまくいかないのー」

「え? 貴人たかと先輩と?」


 風花は声をあげてしまった。


「だって、つき合い始めてまだ一週間くらいじゃない」


 香夜乃が言葉を続ける。


 貴人はひろあが入学式の日に出会って、すぐにつき合い出した三年生だ。

 転んで手のひらを擦りむいたひろあを、貴人が手当したのがきっかけだ。


「だって、貴人くん、あたしが怖がりだって知ったら、からかうようになったんだよー。隣に幽霊がいるとか、妖怪がいるとか」


「……そ、そうなの?」


「この前は、心霊スポットに連れていかれるし」

「心霊スポット?」

「映画館だよ」

「え?」


 風花はまた声をあげてしまう。


 香夜乃は苦笑して、石畳に視線を落とした。


「映画館で、魔物だの精霊だの怖いものが出てくる映画を観せられたの。あんまり怖かったから、あたし、貴人くんをゲンコで殴っちゃった」 


 風花は絶句した。

 ゲンコよりも、精霊という言葉に引っかっかた。


 ひろあが怖がりなのは知っていたけど、魔物と精霊を同じに考えているとは思わなかった。


 もし、ひろあが夏澄に会ったら、どうなるんだろう。

 やっぱり、ゲンコツで殴るんだろうか。

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