第12話 冒険者ギルド


 ……翌朝、日が上ると同時にぼくたちは山を下りた。

 そして太陽が直上に差し掛かった頃――

 ぼくたちはようやく、目的の場所に辿り着いたわけである。


「すごい」


 人々の喧騒に混じって、カモメの鳴き声が聞こえる。

 雑踏は絶えず、立ち止まっているだけで景色が目まぐるしく移り変わる。

 暴力的なまでに色彩豊かな、その光景は、


「町だ」


 ――エトナ曰く「ミユー」という町らしい。

 険しい山々を背にして、海を沿うように作られた小さな港町だ。

 確かぼくと師匠が山奥にこもる前、ここに町はなかったはずだけど……。


 はあ、そんなことどうだっていい!

 カラフルな家が立ち並び、船着き場では数えきれないほどの船が波に揺れ、その合間を人々は忙しなく動き回っている。

 こんな光景いったいいつ振りだろう。

 洪水のような情報量に思わずくらりとしてしまった。


「エル、すごいよ、人がいっぱいだ」


「ふうん、あのドラゴニュート女、嘘は言ってなかったみたいですね……それにしてもまあ小さな町ですこと」


「ああ、そういえばエトナもこの町のどこかにいるのかな? 会えたら嬉しいな」


「……」


 エルがあからさまにムッとする。やきもちモードだ。

 でも……ああ、もうこっちはそれを気にかける余裕もない!

 潮の匂いがぼくを誘っている!


「エル! こうしちゃいられない! 行こう!」


「どこにですか?」


「冒険者ギルド? ってとこだよ! 組合ギルドというからには人がたくさん集まるだろうし、まずは情報収集!」


「おお、なるほど聡明なお考えです」


「あと人がいっぱい集まるってことは友達もできそうだし!」


「……おおせのままにぃ」


 むすっとするエルを引き連れて、ぼくはミユーの町の探索を開始した。

 この町だけで友達百人できたらどうしよう!


 ……ところでやけに視線を感じるけれど、なんだろう?



  ◆◆◆



 怪しまれ、無視されながらも根気強く道を尋ねて……、

 日が暮れる頃になって、ようやく冒険者ギルドに辿り着いた。


 中に入ると、ヒューマンはもちろんエルフにドワーフ、珍しいところだと半魚人マーフォークまで、多種多様な種族がひしめき、種族関係なく酒を酌み交わしていた。

 彼らも「冒険者」というやつだろう、なるほど揃っていい面構えをしている。かつての戦場を思い出した。


 ともあれ、ぼくはエルを引きつれて、ひとまずは受付らしきドワーフの女性に話しかけたわけだけど……、


「冒険者登録……ですか?」


 受付の女性が訝しげに聞き返してくる。

 こちらを見上げる視線は、いかにも「私はあなたを怪しんでます」といった感じだ。

 ここに辿り着くまでにも何度も向けられてきた眼差しである。

 というか、今も背中に複数の視線を感じる……。


 ……もしかすると、ぼくは挙動不審なのだろうか?

 なにぶん人と会話をするのが久しぶりすぎて、勝手が分からない。


「ええ、ここでできるんですよね? 冒険者登録。なんでも身分証の代わりになると、ここに来る途中で聞きました」


「それはまぁ、登録料の小銀貨二枚があれば登録自体はできますが……」


「ああそうかお金、はい、ぼくとエルのぶんで小銀貨四枚です」


「あ、いえっ! そういうわけではなく今はムリなんですっ!」


 ドワーフの彼女が、小さな手をぶんぶん振る。

 今はムリ?


「登録をする際には冒険者ランクを決めるためにちょっとした試験があるのですが、もう時間も遅いので試験官は出払っているのです! また日を改めて……!」


「ああ、そういうことですか。すみません、では明日また出直します、登録料はそのまま預かっておいてください。ついでに追加でこれだけ払うので宿と食事も融通してくれると助かるのですが――」


「――おお、随分と羽振りがいいな、坊ちゃん」


 突然、後ろからのしっと誰かが覆いかぶさってきた。

 振り返ると――見るからに精悍なヒューマンの若者が、ぼくに肩を組んできている。


「このっ……!? ペルナート様になんてことを!? 無礼者が――!」


「エ〜ル〜?」


「うぐ」


 静かにエルを制す。本当に彼女は血の気が多くていけない。

 男はげふっ、とアルコール臭の強い息を吐き出した。

 ずいぶん酔っているらしい。


「はじめまして、オレはカイルってんだ、この町じゃそこそこ名の売れた冒険者だ」


「はあ、よろしくカイルさん、ぼくはペルナートでこっちはエル」


「おうおうよろしく……で、どうだい坊ちゃん、安月給のオレらにも一杯奢ってくれないか? こんな立派な御召し物をお纏いになるぐらいだ、いと尊き身分の方なのだろう? 哀れなオレたちに施しをおくれよ」


「立派な御召し物?」


「隠しちゃいけねえ、こんな上等なシルクは滅多にお目にかかれねえからな! デザインセンスも最高だ、三百年前ならモテただろう」


 男はぼくの服の袖をつまんでぴろぴろやり、それを見た冒険者たちが爆発するように笑い出した。


「ギャハハハハ! ちげえねえ!」

「んな骨董品、一体どっから見つけてきたんだい坊ちゃん!」

「おばあちゃんの箪笥から引っ張り出してきたのかぁ? あっはっは!」


 ああ、なるほど。

 やけに注目を浴びると思ったらこの服のせいか。

 ギルドよりもまずは服屋に行くべきだったかもしれない。


 受付の彼女が大きな溜息を吐いた。


「カイルさん……絡み酒はやめてくださいと言ったでしょう」


「おいおい、絡めねえ酒のなにが楽しいってんだ」


「せめて新人には優しくしてください、そんなことだから『鬼面のカイル』なんてあだ名がつくんですよ……」


「……ちょっと待て新人? 新人っつったか!? この坊ちゃんが!? ええおいアンタ!? 冒険者になろうってのか!?」


「そうさ、エルと一緒にね」


「な……」


 ぼくが答えると、一瞬の静寂があって……、

 次の瞬間、ギルド全体が冒険者たちの爆発的な笑いで包まれた。


「ワーッハッハッハ!!」

「オイオイオイ! こりゃまた随分と将来有望な新人がやってきたじゃねえか!?」

「おい坊主! 剣の持ち方は分かるか? 火種の魔術ぐらいは使えるだろう? ガハハハハハっ!」

「悪いこたァ言わねえから冒険者なんてやめとけよ! そんなひょろちい身体じゃ、初日から魔物どものおやつにされて終わりだ!」

「大丈夫だって、なんてったって坊ちゃんには頼れるお姉さまがついてるからな」

「ギャハハハハハッ!!」


 もう、天井が抜けるんじゃないかというぐらいの大ウケだ。

 ……ぼくはそんなにも面白いことを言ったのだろうか?


「くっ……屑鉄にも劣る……下郎どもがっ……! この方をなんと心得る……!? 錬金術界の至宝……ペルナート様に……よくも……!」


 どうでもいいけど、エルがそろそろ限界だ。

 抑えてエル、その瞳孔を全開にして奥歯をギリギリやるのやめてくれよ。すごく怖いんだよそれ。


 まあ、なんにせよ、


「カイルっていったっけ?」


「はぁ、はぁ……腹いてぇ……あぁ?」


「一杯奢るよ」


「ほ?」


「というかここにいる全員に一杯ずつ奢る」


 冒険者たちから「おぉ~!?」と感嘆の声があがった。


「ぺ、ペルナート様!? 何故こんな連中に……!」


「――まあ、その代わりといっちゃあなんだけど」


 エルの言葉を遮り、ぼくは正面からカイルに向き直って言った。


「ぼくと友達になってくれないかな?」


「ぶっ」


 カイルを含む、何人かが噴き出した。


「と、友達か……くく……そりゃあいい! 酒を奢ってくれりゃあ親友にだってなれるさ! ――だがな、オレは酒の弱いヤツとは友達になりたくねえ」


「はあ」


「オレとサシの飲み比べだ、もしオレが負けたら飲み代は全部オレが持ってやるし、友達にもなってやる。逆に坊ちゃんが負ければ、ここの払いは全部坊ちゃん持ちだ」


「――はあ!」


 ぼくは思わず声を張ってしまった。

 これはもしや、噂に聞く「飲みュニケーション」!?

 酒を酌み交わし、お互いの武勇伝に花咲かせ、親交を深め合う、あの!?

 ああ、酒なんていったいいつ振りだろう――!


「……でも」


 一つだけ、懸念がある。


「どうした坊ちゃん?」


「フェアじゃないよ」


「おいおい怖気づいたのかぁ? こっちはもうそれなりに出来上がってるんだ、ハンデをくれてやってるんだぜ――」


「うん、だから君たち全員でかかってきなよ」


「はっ?」


 カイルだけではない、受付の彼女も、エルも。

 そして後ろで面白そうにこちらの様子を眺めていた彼らも素っ頓狂な声をもらした。


「そ、そりゃあどういう意味だい、坊ちゃん……」


「だってそうでもしないと、カイルがあまりに不利すぎるだろう?」


「じょっ――」


 カイルのこめかみに、ビキビキと青筋が走る。

 その形相ときたら、まるで東洋で語られる鬼のようで――


 ああ、だから『鬼面のカイル』か。


「――上等だコラァ!! ぶっ潰してやるぜクソ坊主!」


「ああ、あとぼくが勝ったらちゃんと名前で呼んでね」


 かくして、ぼく対冒険者ギルドの飲み比べ対決の火蓋が、切って落とされた。

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