第8話 ある冒険者パーティ


 ゴア・ボアの耳を切り取ったあとの、帰り道のこと。


「……どうして殺さなかった?」


 エルフのシディがおもむろにそんなことを言うので、私は溜息を隠さなかった。

 ……またか。


 エルフという種族は思慮深く、誇り高く、そして寡黙な者が多いと聞いた。

 が、この男はどれにも当てはまらない。

 私の最もニガテなタイプだ。


「なあ、プルミ!」


 私があえて返事をしないでいると、ヤツは苛立ったようにヒューマンのプルミに話を振った。

 臆病なプルミは、ただ名前を呼ばれただけで震えあがる。


「は、はいぃ……!?」


「お前のことだ! どうせあの二人にも魔力探知を使っていたんだろう!? あいつらの実力のほどは!? 魔力量はどうだった!?」


「すっ、すみません! 私に分かるのは魔力の痕跡だけで、魔力量まではちょっと……」


「細かいことはいいからどうなんだ!? ええ!?」


「ひいい……! ま、魔力の痕跡は一切見当たりませんでしたっ! というかあの二人はそもそも使と思いますっ!!」


「はぁっ!?」


「……なに?」


 二人のうんざりするようなやり取りを聞き流していた私も、思わず耳を疑ってしまった。


「プルミ、それはどういうことだ? 魔術が使えない?」


 私が尋ねると、プルミは親から叱られる子どものようにきょどきょどと目を泳がせながら、


「え、エトナさんの、それ」


 震える指で、私の持つ串焼き肉を指した。

 さっきペルナート殿からもらったものだ。


「あの人たち、火を使って肉を焼いていたでしょう?」


「それがどうした?」


「あ、あの周辺から魔力の痕跡が一切見当たらなかったんですよ? それってつまり、あの人たちは魔術を使わず自力で火を起こしたということじゃないですか」


「……なるほど」


 確かにプルミの言うことはもっともだった。

 火種の魔術は初歩中の初歩。

 私やガティムのように肉体強化以外の魔術がほとんど使えない者でも扱える超初級魔術だ。

 仮に魔術が一切使えなかったとしても、二束三文で買える魔力石で火は起こせる。

 そんな中、わざわざ自力で火を起こしたということは……。


「――こりゃ驚いた! 魔術も知らない原始人じゃないか! ゴア・ボアは竹槍で仕留めたのか!? あはははは」


 シディが品性を感じさせない笑いをあげたので、私はまたげんなりしてしまった。


「なあ聞けよB級冒険者のエトナ様!」


「……なんだ」


「あの坊ちゃんの服を見ただろう? 原始人が着るには上等すぎる! 俺の推理ならあの二人はどこかいいとこの坊ちゃんとその侍女だろう! おそらくは駆け落ちと見たね! 魔術のまの字も分からない世間知らずだ!」


「ふん、いい推理だなシディ。次は『貴族は狩りを嗜むからゴア・ボアを仕留められた』とでも言うつもりか?」


「いいや! あのゴア・ボアは、こう……何かきっと別の要因で死んだんだろう! あの二人はその死体を偶然拾っただけさ! 見栄を張ったんだよ見栄を! 魔術も使えない連中にゴア・ボアが倒せるはずないだろう!?」


 ……確かに、シディの言っていることは私も一瞬考えた。


 ゴア・ボアは非常に強力な魔物だ。

 村一つを潰し、何人もの冒険者を返り討ちにした。

 手下である猪どもを引き連れて町へ攻め込んでくるのも時間の問題だったろう。

 でなきゃ町で二人しかいないB級冒険者の私が駆り出されるはずもない。

 それをたった一人で倒すなんて、普通に考えれば不可能。

 その言い分は分かる、しかし……、


「……だからなんだと?」


 仮に、仮に見栄だったとして私たちには関係がない。

 無辜の民を脅かす魔物が倒れた、ただそれだけが重要なことだ。

 なのにシディのヤツは口角泡を飛ばして、


「――殺しちまえばよかったんだ!」


 そう、主張した。


「考えてもみろ! 俺たちが報酬をもらった後になって、あいつらが『ゴア・ボアを倒したのは本当は私たちです!』なんて言ってきたら、ややこしいことになるだろう!?」


 ……本当に、コイツは。


「だから今からでも戻って口を封じるべきだ! な、なんなら身ぐるみも剥いじまえば結構いい金に――」


 それ以上は容認できなかった。

 私は素早く剣を抜いて、その切っ先をシディの喉に突き付ける。

 横で見ていたプルミが「ヒィッ」と腰を抜かして、あれだけうるさかったシディはたちまち静かになった。


「ヒッ!? な、なにを……」


「シディ・シダー、貴様は『欠陥』……いや『事故物件』だな」


 どうせこいつと組むのもゴア・ボアを討伐するまでと思い我慢してきたが、もう限界だ。

 コイツの戯言は聞くに堪えない。


「貴様はこの私――エトナ・ボルカントに盗賊まがいのことをやれと?」


「い、いやっ、別にそういうわけじゃっ……!?」


「まず間違いのないよう言っておこう、私に報酬を受け取るつもりは一切ない。ギルドには討伐対象がたまたま死んでいたのを発見したと、そう報告するだけだ」


「はっ、ええ!? なんでそんなもったいないことを!?」


 刃先を喉元に突き付けられているにも関わらず、シディがまたも囀り出した。


「楽して大金ゲット! 功績を認められて等級アップだってあり得るんだぞ!? 贅沢三昧だ! なのに、なのに――」


 しかしシディがその先を口にすることはなかった。

 私の目を見て悟ったのだろう。

 これ以上食い下がるようなら本当に喉を裂かれる――と。


「ペルナート殿は私のだ、それ以上はたとえ冗談でも許さん」


「……わ、分かったよ……」


「よし」


 剣を下ろす。

 シディは何度か荒い息を吐き出したのち……いきなり身を翻して、一人で来た道を戻り始めた。


「どこへいく?」


「忘れ物だ! 先帰ってろ! ギルドへの報告だけなら俺の案内がなくてもいいだろ!? パーティはここで解散だ!」


 シディは最後にそうまくし立てると、逃げるように走り去っていく。

 行先はなんとなく分かったが、あえて追うようなことはしなかった。

 ただ「死んだな」と思っただけだった。


「……プルミ」


「あ、はいっ!?」


「本当は他にも何か気付いたことがあったんだろう?」


「……えっ」


「私には隠さなくていい、教えてくれ」


 そう言うと、プルミは何度か口をもごもごやったのち……観念したように語り出した。


「……さっきも言ったように、あの洞穴の中には魔術の痕跡どころか魔力の残り香さえも一切感じ取れませんでした。しかし、これはおかしいんですよ」


「なにがおかしい?」


「おかしいですよ、だって魔物なら身体に魔力を帯びてないとおかしいですもの。でも、あの亡骸からはそれが全く感じられなかった」


 プルミは、震えていた。

 いつもの挙動不審ではない、まるで怯えるようなそんな仕草……。


「例えるなら、何かに魔力を根こそぎ削り取られたようでした。それだけじゃありません、どうやったら魔術も使わず、あんな巨大な魔物の下半身を丸ごと消し飛ばせるんですか? 恐ろしい、恐ろしいですよ……」


「やはりな、私の目に狂いはなかった」


 思わず口角が吊り上がってしまう。

 私はプルミのように魔力を感じ取ることはできないが、数多の戦場で死線を潜り抜けた、この『戦士の勘』がある。


 私の勘に従えば、あの二人はただものじゃない。

 なんせこの私が

 向かえば負けるのはこちらだと、本能で理解したのだ。

 誰がなんと言おうと、ゴア・ボアを倒したのはあの二人のどちらかだ。


「願わくばペルナート殿の方であってほしいな! 何故なら顔がタイプだからっ!」


「……エトナさん、婚活まだ続けていたんですね」


「婚活も冒険者稼業も志半ばで諦めるつもりはない」


「私は今回限りで冒険者辞めますよ……こんなわけわかんない仕事、いつ死ぬか分かりませんし……ああ、恐ろしい……」


 また始まった、プルミの辞める辞める詐欺。

 ……そういえば、


「ペルナート殿の話で思い出したが、ガティムよ、ペルナート殿のあのジョークは傑作だったな? 実にウィットに富んでいた。お坊ちゃんというのもあながち間違いではないかもしれん」


「……」


 無口なガティムがこくこく頷く。

 プルミは首を傾げていた。


「……あのジョーク?」


「ドラゴニュートとドワーフは戦争中のはずだが? ってやつだ」


「あ、ああ……あれなんだったんですか? ドラゴニュートとドワーフの関係は良好ですよね? 戦争なんて今まで一度も……」


「――あったさ、統一前に一度だけな。もう三百年以上も昔の話だが」


「えっ」


 ああ、思い出したら笑えてきた。

 きっと彼は相当なインテリなのだろう、ドラゴニュートとドワーフの戦争なんて、他種族からはもうすっかり忘れ去られているというのに。

 かと思えば冒険者ランクについては知らないような素振りを見せていたし……面白い、面白いぞ。


 私はペルナート殿からもらった串焼き肉にかぶりつく。

 まったくの血が騒ぐというものだ。


「まずます気に入ったぞペルナート殿! 願わくばまた会いたいな!」


「……エトナさん、ゴア・ボアって結構な数の人間食べてますよ」


「オエエッ……!」

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