第7話 友達


 第一印象は「ずいぶんとバラエティに富んだ四人組」だった。


 まず先頭の――おそらくはリーダーと思しき彼女。

 燃えるような紅い髪と、凛とした顔立ち。

 頬に浮き出た竜鱗と鋭い眼光が、彼女に混じった上位種の血を感じさせる。

 珍しい、いわゆる竜人ドラゴニュートというやつだろう。

 携えた剣を見るに、彼女は「剣士」。

 なるほど剣士にふさわしい引き締まった身体つきをしていた。


 そして彼女の後ろには、

 武骨なドワーフの男武闘家、

 おどおどしたヒューマンの女魔術師、

 どこか卑屈そうなエルフの男狩人。

 職業も種族も、なにもかもバラバラな四人組が警戒心たっぷりに武器を構えていた。


 ……ちなみにエルもしっかり臨戦態勢。

 隣にいるだけで痺れるぐらいの殺気が伝わってくる。

 頼むから「排除」だけはやめてくれよ……。


 なにはともあれ、まずは対話だ。

 ぼくは努めて友好的なスマイルで言う。


「――こんばんは、ぼくはペルナートといいます、旅人です。彼女はぼくの弟子のエル。みなさんこんな夜分遅くにどうしました?」


「……っ、ああ、すまない」


 どうやら野盗のたぐいではないらしい。

 リーダーらしき彼女はこちらに敵意がないと分かると、剣を収めて、ぺこりと頭を下げてきた。


「いや、野営中にいきなり失礼した、まさかこんな山奥に人間がいるとは思わなかったもので。――B級冒険者のエトナ・ボルカントだ」

 

「はあ、B級」


 言葉の意味は分からないけれど、適当に相槌を打つ。

 するとエトナ一行が肩透かしをくらったような素振りを見せた。

 まずい、なにかリアクションを間違えたらしい。


「き、貴君らに二つ三つ質問があるのだが、よろしいか?」


「貴様っ……! 無礼にも我が師に刃を向けただけでなく、いったい何様のつも――」


「――ええ! もちろん、なんでもお聞きください!」


 エルが物騒なことを言い出したので、食い気味にかぶせた。

 怖いよエル、頼むから穏便に、ね? アイコンタクトでたしなめる。


「では、そうだな……まず一つ聞きたいのだが、ソレは貴君らが仕留めたのか?」


「ソレ?」


 エトナに言われて、初めて彼女らがぼくの背後へ視線を向けていることに気付いた。

 そこには例の大猪の亡骸が転がっている。

 もっとも、エルの《ヘルメス》で下半身が跡形もなく消し飛んでしまったため、上半分しかないけれど。


「ええ、彼女がつい先ほど仕留めました」


「……一人で?」


「? ええ、まあ」


 ぼくが応えると、四人がざわつく。

 はて?


「ぺ、ペルナート殿は、それが何か知っているのか?」


「……猪では?」


「ただの猪ではない、魔物だ。危険度B級ゴア・ボア、多くの冒険者がこいつに食われた」


「はあ、そうなのですか」


 どうりで、ただの猪にして大きいと思った。

 人の言葉まで喋っていたし、肉も美味しすぎる。


「私たちはギルドから依頼を受け、ゴア・ボアを討伐するために派遣された冒険者パーティだ。まさかすでに討伐されているとは予想外だったが……」


 ギルド? というのはなにか分からないが、


「……もしかしたら余計なことをしてしまいましたか?」


「いや! そんなことはない。むしろ助かった! ……ただ、できればギルドへ報告するためにゴア・ボアの耳を切り取らせてほしいのだが」


「ああ、そんなことでしたらご自由に、エルもいいよね?」


「ペルナート様の頼みでしたら!」


「というわけなので、どうぞ持って行ってください」


「ほ、本当にいいのか?」


 こちらが二つ返事で了承したためだろうか、四人はかえって当惑しているように見えた。


「……差し出がましいようだが、貴君からギルドへ申し出ればそれなりの報酬が支払われるぞ。なんなら私の方からそのように報告しておこうか?」


「おいっ! エトナ!」


 エルフの男が血相を変えて叫ぶが、エトナにぎろりとにらみつけられて途端に黙り込んでしまった。

 ああ、なるほど、おそらくあの彼は手柄を横取りされると思ったのだろう。

 心配しなくとも、


「ぼくはギルド? には所属してませんし、報酬にもあまり興味はないのでお気になさらず。ついでにこれも差し上げますよ」


 そう言ってぼくはいい具合に焼きあがった串焼き肉をエトナへ差し出した。彼女は目をぱちくりしている。


「少し硬いけど、割といけますよ」


「これはゴア・ボアの……? あ、ありがとう……しかし私たちに返せるものは何も……」


「では、代わりと言ってはなんですが――」


 ぼくの一言で、向こうの雰囲気がぴりっと引き締まった。

 いったいどんな無茶な交換条件を押し付けられるのか戦々恐々、といった様子だ。

 そんな中ぼくは、エトナの目をまっすぐ見つめて……、


「――ぼくの友達になっていただければ」


 きょとん、と。

 彼女らは目を丸くして、固まった。


「……友達?」


「ええ、友達です」


 しばし静寂があたりを満たして……、


「……ふっ」


 やがてエトナが堪えきれなくなったように噴き出した。


「ふふ、あははは! 友達、そうか、友達か! それはいい!」


 あ、なんかよく分からないけれど、ウケたっぽい。

 よかった、一瞬滑ったのかと思ったよ。


「もちろん友人になるとも、冒険者は助け合いだ。改めてよろしく」


 内心ほっとしていると、エトナはひとしきり笑ったのちに手を差し伸べてきた。

 これは――握手だ。


「うん、こちらこそ」


 ぼくはすぐに彼女の手を取って、固い握手を交わす。

 何故か、エルが殺気たっぷりにこちらを睨みつけていたけれど……、

 なんにせよぼくにも最初の友達ができたらしい。

 目標の百人まで残り九十九人だ。はあ、緊張した。


「ああ、そうだ、早速だけどぼくの方からも友達に聞きたいことがあるんだ、いいかな?」


「ああ! なんでも聞いてくれ」


「君のパーティにいる、あのドワーフの彼のことだけど」


「? ガティムがどうかしたか?」


「ドラゴニュートとドワーフが組むなんて珍しいね、確か戦争中でしょ?」


「なっ」


「……!」


「?」「……?」


 ぼくが言うと、エルフの彼とヒューマンの彼女は首を傾げ、

 一方でエトナとドワーフのガティムはぎょっとした。


 なにかまずいことでも言ってしまっただろうかと不安になっていると……エトナは腹を抱えて笑い出す。


「ペルナート殿は見かけによらずジョークがうまいな! はっきり言ってだ! 私たちはよき友人になれそうだな!」


「は、はあ……?」


 エトナがぼくの背中をばしばし叩く。

 なんだか分からないけど、またウケてしまった。

 質問の答えになってないし、別に面白いことを言ったつもりもないし、やっぱりエルが殺気のこもった眼差しでこちらを見ているけれど……まあ、よしとしようか。


 なんせ、ぼくに初めての友達ができたんだ。

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