第6話 弟子
夕暮れ、とある洞穴前にて。
「申し訳ありませんペルナート様……」
地面にその身を横たえたエルが、泣きそうな声で言う。
夕焼けと焚火に照らされた彼女の美しい横顔は、なんだか絵画のようであった。
「お役に立つどころか主へご迷惑までおかけするとは……このエル・ドラド、一生の不覚です……!」
「そんなに気にしてないって」
ぼくはエルをとりあえず近くの休めそうなところまで運んで寝かせただけだし。
……あと君の主になった覚え、ないし。
「どっちみち日も暮れ始めてたから山を下りる前にどこかで休みたかったんだ」
「……お心遣い、感謝します」
「いえいえ」
一度殺意を向けてきた相手とはいえ、師匠以外で久しぶりに会った人間だ。
召使いにするつもりはないけど、見捨てるには忍びなかった。
ちなみに今のエルの症状は典型的なエーテル切れ。
ぼくも錬金術師になりたての頃は何度かやったものだ。
命にかかわるものでもなし、安静にするなり、飲み食いをするなりして外部からエーテルを補給すれば自然と治る。
「とりあえず今は気にせず休んでよ、明日の昼頃には動ける程度にエーテルも回復するよね?」
「はい! 明け方には問題なく全回復していることでしょう!」
「……」
全回復……そうか全回復か……。
時間を止めて、極小のブラックホールを錬成して。
神の御業の再現ともいわれる
それでも半日足らずで全回復しちゃうのかぁ……。
「……ところでペルナート様は先ほどからなにをしてらっしゃるのですか?」
「ん? ああ、これ?」
これ、と言ってぼくは串を通した肉塊をエルに見せる。
時間をかけてじっくり炙ったため、表面からは脂がしたたり、実に食欲をそそる香りが立ち上っていた。
「肉を焼いているんだよ、そろそろ食べごろだ」
「いえ、それは分かるのですが……どうしてですか?」
「どうして?」
「ペルナート様ほどの錬金術師ならば、肉の焼成など一瞬でしょう?」
「……ああ、そういうこと」
確かに、エルの言うことは正しい。
エーテルは万物を書き換える力、錬金術を使えば生肉を一瞬にしてウェルダンにすることも容易い。
しかし、ぼくはそれをやらない。
エーテルの無駄遣いを避けているというのもあるけれど、それ以上に。
「『読め、読め、もっと読め、祈れ、働け、さらば見出さん』、過去の錬金術師の言葉だよ」
「?」
エルは首を傾げている。
思った通り、彼女は赤ん坊と同じだ。
知識はあれど経験はない、錬金術は使えども錬金術師の精神を受け継いでいない。
そういう意味でエルは、産まれたてなのである。
よろしい、じゃあぼくが錬金術師のなんたるかを教えてあげよう。
「いいかいエル、黄金の錬成に不老不死の成就……錬金術の歴史は実験と失敗の繰り返しだ。錬金術師たちの成功の影には、数えきれないほどの失敗がある」
「存じております。多くの錬金術師たちが何も為せないままその生涯を終えた……とも」
「ぼくはそれが無駄だったとは思わないけどね。彼らの失敗は新たな技術を生み出し、そして後世へと繋がった。そのおかげでぼくと君がいるわけだ」
「……しかし、それならば先人の生み出した技術は惜しみなく使うべきでは?」
「ごもっとも、でも大事なことを見落としているね」
「?」
「錬金術師って人種はみんな自惚れ屋なんだ」
そしてそれはもちろん、このぼくも例外ではない。
「自分は過去存在したどの錬金術師よりも優れている、先人たちが千回失敗した実験も自分の千一回目で成功する、そんなことを本気で信じているんだよ。だからこそ錬金術師は失敗を恐れない、何度だって本気で挑戦して、失敗して、そして本人さえも予期しなかった発明をもたらすのさ」
今じゃ当たり前に使われる黒色火薬だって、錬金術師が不老不死の霊薬を作る過程で偶然生まれたものだ。
これも錬金術師の挑戦と失敗の産物といえる。
「確かにエルの言う通り、錬金術を使えばこの肉を一瞬にして最高の焼き具合にすることも可能だ、でもそれは過去の誰かが導き出した『最高の再現』でしかないだろう? それじゃ新しい発明の生まれる余地がない。どんなことも自分で実際に挑戦してみることが大事なんだ」
「ということは、今ペルナート様がやっていることは」
「勿論、ミディアム・レアを超える前代未聞のすばらしい肉の焼き加減を探っているのさ。というわけでエルくん、是非ぼくの実験体になってくれたまえ」
ぼくはわざとらしく言って、焼きあがった肉をエルへ差し出す。
エルは上半身を起こして、ぎょっと目を剥いた。
「こ、これをわたくしにですか?」
「肉体を構成する要素はほとんど人間と同じなんでしょ? だったら食べられるよね?」
「それはそうですが……しかしわたくしはゴーレムです! 睡眠や食事がなくとも半永久的に稼働できますし、あまつさえ主人に食事を用意させるなんて……!」
「こんな肉にだってエーテルは含まれてるんだから食べれば回復が早まるよ、卵があればもっと効率的にエーテルを補給できるんだけど……贅沢は言えないね、とにかく早く回復することが結果的にはぼくを助けることにもなる」
「それは、そうですが……」
エルはしばらく口をごにょごにょやったのち、たっぷり躊躇しながら串を受け取って、
「い、いただきます」
おっかなびっくり、串焼き肉を口へ運んだ。
彼女の美しい唇が何度か上下して……ぱああっと表情が明るくなる。
「おっ、おいしいでふっ!?」
「それはよかった」
エルはたちまち我を忘れて、豪快に肉へかぶりついた。
ただ肉を焼いただけでここまで喜んでもらえるとは、作り甲斐のある子だ。
結局エルは渡した肉をあっという間にぺろりと平らげると、こちらへ向き直って、
「ペルナート様……わたくし、決心いたしました」
「なにを?」
「わたくしをペルナート様の弟子にしてください!」
ぼくは思わず眉をひそめる。
で、弟子ぃ?
「ペルナート様の深淵なる叡智に、わたくし感服しました! わたくしもペルナート様の下で錬金術について学びたく存じます! 是非! なにとぞ!」
「深淵なる叡智って」
色々言ったけどただ肉焼いただけだよ? ぼく。
「ううーーーん……弟子、弟子かぁ」
まあ、熟達した錬金術師が弟子をとるのはこの世界でのならわしだ。
ぼくもディラストメネスの姓を受け継いだ以上、この知識を誰かに繋ぐ義務がある。
……あと純粋に、これからもずっとついてこられるなら『召使い』よりも『弟子』の方が気楽だ。
「うん、分かった、弟子にするよ」
「!? ほ、本当ですかペルナート様!?」
自分から言い出したくせにびっくりしている。
もしかして本当にOKがもらえるとは思っていなかったのだろうか?
「ま、旅は道連れっていうしさ、これからもよろしくね」
「~~~っ! はい! 末永くよろしくお願いしますペルナート様!」
声にならない悲鳴をあげて悶えるエル。
……「末永く」のニュアンスがちょっとだけ引っかかるけど、なにはともあれ一件落着だ。
「まず今日はゆっくり身体を休めて、明日の朝になったら麓へ下りて町を探そう」
「はい! 分かりました師匠!」
師匠、師匠か。
まさか自分がそう呼ばれる日がくるなんて。
なんだか感慨深いものがあるなあ。
そんなことを思っていると……ふいに人の気配を感じた。
誰かがこちらへ近づいてくる、それも複数人。
「……ペルナート様」
「うん、気付いてるよ、お客さんだね」
「排除しますか?」
「物騒すぎる! ダメに決まってるでしょ!? まずは対話だよ」
なんてったって、ぼくには目標がある。
師匠が死に際に残した最期の教え、『友達を百人作れ』。
粗相はできない。もしかしたら彼女らは、ぼくの友達になってくれるかもしれない人たちなのだから――。
「……なんだこれは」
ぼくとエルの前に現れた四人組。
その先頭に立った
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